馬鹿な毒親への不満をひたすら吐き出す(1)〜辞めてはいけない習い事漬けの毎日〜

タイトル通り、覚えている限りの毒親への不満を延々吐き出します。自分にとってそれが良い効果をもたらすのかはわかりませんが、ときどきフワッと思い出しては鬱々してしまうので、どこかに吐き出したいと思いました。「人の不幸は蜜の味」と思う方も、「うちも毒親持ちなのでわかります」という方も、私のただの愚痴ですがお付き合いください。
 

 同シリーズの他の記事はこちら

syujin-wife.hatenablog.com

syujin-wife.hatenablog.com

 

3歳から中学生まで毎日習い事
全く興味のない英会話教室、行きたくない塾、やりたくないピアノなど、母に無理やり習い事をさせられました。父にも家で練習すること、続けることを強制されました。
 
母の期待に答えるしかない幼少期
母がピアノをやらせたのは「お母さんができなかったから」
英語も「お母さんができなかったから」
母が叶えられなかったことを私に無理やりやらせたんです。私は泣いて嫌がりました。習い事にいっても黙って教室の隅に座って抵抗しました。大きくなってからもそれはそれは嫌々通いました。それを母は「あんたは嫌がったけどやらせてよかった」と今でも本気で自慢してるんです。どうかしてますよ。
 
ピアノは今はもう全然弾けません。もともと下手だったし、無理やりやらされたせいで、ピアノを見ると気分が悪くなります。楽器に罪はないけど、大嫌いです。
英語はできます。でも、週1で子どもの英語教室なんて効果はたかが知れてます。英語が今くらいできるようになったのは、中学以降、特に大学受験から大学まで、自分で毎日勉強したからです。決して子どもの英語教室のおかげではありません。”Do you like apple?” や  “Elephant!”が言えただけで、「英語ができる」なんて言わないのに。(←冠詞も複数形も抜けてるし)
 
塾だって大嫌いでした。たーだひたすら計算問題を解くだけ。論理力を鍛えるとか、知力を高めるような、頭を賢くするような塾じゃなかったんです。なぜ幼稚園児のときに母が私を塾に入れたかというと
 
 「だってあんた、全然友達と遊ばないんだもん。このままじゃ引きこもりになっちゃうと思って。」
 
 だそうです。馬鹿ですよねえ(笑)心底馬鹿です(笑)馬鹿すぎて自分の親だと信じたくありません。母の理論では、幼稚園児が家で一人遊びをしてると引きこもりになるんだそうですよ(笑)
 
確かに私は、小さい頃から絵を描くのが好きでした。(中学生のときには県知事賞や市長賞など受賞しました)だけど母にとっては、絵を描くことは価値が低く、友達と遊ぶことや楽器ができることの方がずっと価値の高いものだったようですね。だからありのままの私は否定され続けました。
 
しかも、私が「なんでそんなに外遊びにばっかりこだわったの?私は家で遊んでるの好きだったのに」と聞いてみると
 
「だってさあ、あんたが家にいると、お母さんの気分転換にならないじゃん。一日中あんたに付き合ってたら、お母さん頭おかしくなっちゃうでしょ?普通は子どもっていったら外で遊ぶものなのよ。お母さんも妹ちゃんもみんなそうだったのに、あんた普通じゃないんだもん」
 
うわあ・・(ドン引き。)
 
母の気分を満たすために、私の価値観は犠牲にされたんですね。
念のため言っておくと、私は何か障害を持っていたわけではありません。今もありません。ただ趣味がお絵描きだっただけです。編み物などの手芸も好きでした。折り紙やあやとりも好きでした。単純にこういった工作とか美術とかの芸術系のことが好きだっただけです。
 
いま、自分が子どもを持つくらいの年齢になれば、子どもと二人きりで育児をしていて気分転換に一人になりたいときがあるだろうな、というのは容易に想像ができます。だからといって、その気分転換を、子どもを否定することによって、さらには、子どもに無理やり何かを強制することによって作り出そうなんて、頭どうかしてるなと思います。なんで私が母の心のケアをする仕事を担当してたんだと思うと、父にも母にも、しいては周りの大人にまで失望します。
 
中学生以降、勉強ができない人に対して、一線引いて、ものすごい見下した目で見るようになったのも、これが尾をひいてるのもあったのかなと思います。(最近やっとそういうのしなくなりました)
 
習い事が楽しかった人との違い
習い事漬けだったけど楽しかったっていう人ももちろんいると思います。きっとそういう方たちは、(1)親との信頼関係が出来上がっていて、家庭が安心できる場所だったから、前向きにできたんだと思います。当然ながら、(2)本人の興味もあって、さらには、(3)親が一緒に遊びながら、上手に誘導したんだろうなと想像します。
 
しかし、うちの場合はそんなもの皆無でした。親との信頼関係なんてありませんよ。私は「お母さんはお絵描きしかしない私が嫌いなんだ」「外で遊ぶ子どもじゃなきゃお母さんに見放されちゃう」という不安から、必死に我慢して「親の期待通りのいい子」を演じていただけでしょう。母にとって「妹ちゃん=善、私=悪」でしたしね。信頼関係もなし、私の興味などガン無視、そして親の期待を無理強いさせたのです。
 
「お母さんも一緒にやろう」と言って誘っても「あ〜〜、無理無理!お母さん無理!できない!一人でやりなさい。」と返ってくるばかりで、勉強もピアノも何も、無理やり一人でやらされただけでした。親が一緒にやるなんて姿勢を見せたことはまずありません。ピアノでも英語でも、教室まで無理やり連れて行って、親は偉そうに椅子におとなしく座ってるだけです。自分で努力もせずに、外注、外注! 外注が悪いとは全く思いませんが、親は何も積極的な姿勢を見せないでお金だけつぎ込むだけで、親はお金の無駄だし、子どもは時間と体力、精神力を削られるだけ。喜ぶのは外注先の企業だけですね。それとも私の贅沢だと思いますか? ありがた迷惑です。
 
さらにことを悪くしていたのは、「やめること=絶対悪」という謎ルールです。私はいつも、塾もピアノも英語教室も行きたくありませんでした。でも行くのを嫌がると、「じゃあ辞めるのね?」といって脅されるのです。父も、「中途半端にして辞めると、辞めグセがついてダメな人間になる」といって強制しました。
 
結果、残ったのは心の傷と、親に対する不信感だけです。辞めグセがつくのは、何かを途中で投げ出した経験があるからではありません。何が大事なことかわかっていない、自分で決めて取り組んだ経験がないから辞めてしまうののだと私は思っています。現にうちの主人は、高校と大学で2回も運動部を辞めています。理由はどちらも「キツかったから」「ツラかったから」です。じゃあ、仕事もすぐ辞めちゃう人かといえば、当然そんなわけありません。自分でこれは大事だと思ったことは辛くたって続けるだけのメンタルは持っています。逆に、私は途中でやめたことって、小中高と部活も習い事も特にないですが、メンタル豆腐です。自分で何をすればいいのか決められないし、自信が持てないから不安になって病んでしまいます。主人と住むようになって劇的に回復してきていますが。精神的な支えとなる基礎ができていないところに、形だけなんとか押さえ込もうとしたって、絶対に無理が生じるのです。
 
家に帰りたくない毎日
こんな感じで習い事漬けだったので、小学校低学年のころから、下校時は毎日「ああ、今日はピアノか・・家帰りたくないなあ。」と思いながら帰宅していました。このころから胃痛持ちでした。家に帰ろうとすると手が冷たくなりました。中学生のときは、放課後部活のあと、友達と一緒に帰るんですが、別れ際に「ああ、家帰りたくない。やだなー今日も習い事だ」というのが口癖でした。高校生のときも、放課後部活が終わって、部室で着替え終わると「本当あの家帰りたくないわ。」が定型文でした。今考えてみると、変に思われてたでしょうね(笑)だけど、毒家庭に帰りたい人って、いませんよね。
 
 
 
頭の悪い毒親への不満はまだまだたくさんあるので、ただの愚痴なんですけど、これからも吐き出せる限り吐き出していきます。
 
 
毒親から解放されて人生をやり直したい方はこちらもどうぞ。