「兄弟仲良くしなさい」と言う親の子どもほど仲良くならない謎〜仲良い兄弟の親は「仲良くしなさい」と言わない〜

幼い子どもに対して「仲良く遊びなさい」と言ったり、子どもが成長して中高生、または大人になってからも「兄弟仲良くしなさい」と言っている親御さん、けっこう見かけます。うちの両親もまた然り。
 
だけどこれ、「東大生の親は子どもに勉強しろと言わない」というのと似ていて、仲が良い兄弟の親は「仲良くしなさい」と言っていないだろうなと思っています。私の主人実家や、友人実家がこの典型で、「親に兄弟仲良くしろなんて言われたことないよ。でも仲良いよ。」って、兄弟姉妹の尊敬しているポイントを、聞かなくても自然にサラサラ話してくれます。羨ましい!
 
・なぜ親は「兄弟仲良く」と言うのか
例えば子どもの幼少期、年の近い兄弟を一緒に遊ばせて、親はその間に家事を済ませたい。ところが、子どもから目を離すと下の子が上の子に殴られて泣いている。もしくは上の子は下の子にオモチャを壊されて騒いでいる。
「静かにしなさい! なんで仲良く遊べないの!」
ありそうな光景です。
 
ここで親が主張したいのは、「兄弟仲良く遊んでほしい」というのは表面的な主張で、本当のところは「兄弟で遊んでいてもらうことで、自分は家事をしたい」ではないかと思います。親のエゴで兄弟で遊んでいてほしいと思うなら、それは修正するか、改善策を考える方が良いでしょう。
 
・「仲良く遊べるはず」という誤解
もうひとつ、幼少期の子どもにおける親の誤解が隠れています。子どもが仲良く遊べるようになるには、いくつか段階を踏まなければなりません。子どもはすぐにお友達や兄弟と遊べるわけではありません。はじめは同じ場所で同じことをして遊んでいるように見えても、実は一緒に遊んでいなかったり、自分のものとそうじゃないものの区別がついていなかったり、ルールがわかっていなかったり。
 
 例えば2歳と5歳が一緒に遊ぶのは、お互いが相応に成長していても難しいし、上の子がよほど面倒見が良いとか、下の子が上の子に夢中で従うようなことがなければ成立しないのです。それを「上の子が下の子を見てくれるはず」とか「年が近いから仲良く遊べる」など親の理想と思い込みで、子どもに負担を強いてしまうのはもったいないです。別々に遊ばせるか、親がそれぞれの遊びをどちらかが邪魔しないよう見るか、邪魔してしまったら子どもの代わりに声をかける、親が間に入るなどの工夫をしなければなりません。年齢区分を設けていない保育園や幼稚園でも、それぞれの成長に合わせて先生が上手に間に入っています。家庭でも同じことですね。
(子どもの遊びや社交性については別記事で改めて書きたいと思います。)
 
・なぜこのようにして育った兄弟は仲良くならないのか
端的にいうと、理不尽な思いをしてきたから。
もう少し細かく言うと、兄弟が絡むと親からグチグチ理不尽なことを言われて小さな不満、鬱憤が溜まっている状態で、そういう記憶が重なって、関わるのが面倒になってしまうから。まともに話し合えないから嫌いになっていってしまうから。そして親は、子どもが成長してからも似たような過ちを犯し続け、改善のないままつながりの希薄な家庭を作ってしまうんだと思います。そして「兄弟仲良く」「家族だから」という言葉だけが空しく響くのですね。
 
例えばうちの場合は、3姉妹のうち真ん中の子が、特に甘やかされました。ケンカをしても事情は関係なし。問答無用で真ん中の子に親が肩入れする。そうするうちに、私は「いつも自分だけ悪者にされる」と不満がたまり、一方でその子だけどんどんわがままになっていく。それでも親には「お前が我慢しろ」しか言われない。面倒だ、距離置こう…と。みんな社会人になり、手がつけられないほどになってしまってから、しつけようとしても難しいものがあります。
 
・兄弟に仲良くして欲しかったら親はどうすれば良いのか
親の理想を子どもに押し付けない。
子どもの立場にたって考える癖をつける。
中立で客観的な立場で間に入り、子どもの言葉を代弁する。
成長してきたら、なるべく本人同士で解決させる。
 
以上がいま、私が考えうる「兄弟仲良くさせる方法」です。
タイトルにある『仲良い兄弟の親は「仲良くしなさい」と言わない』というのは、『仲良い兄弟の親は「兄弟に仲良くしてもらうために自分に何ができるか考え、行動している』と言い換えられると思います。兄弟といえど性格はそれぞれでしょうからね。親もよく子どもを観察して一緒に成長したいものです。 
 
兄弟児、育ててみたいなあ。