「どうやって英語が流暢に話せるようになったの?」に答えます!

正直、私の英語は日本語なまりが残っています。大人になってから始めた人の大半と同じですね。でも、ネイティブと話していて特にこれといって問題はありません。スカイプでも対面でも現地でも、ちゃんと通じるし、聞き取れるし、スラスラ会話できています。そうするとよく友達から、「英語どうやって勉強したの?」って聞かれます。

 

今日は特に、「どうやったらスラスラ言いたいことが出てくるようになるか」に焦点をあてて記事を書きたいと思います。

 

結論から言うと、「自分が話したいことだけ準備しておく」です。その準備方法は、スピードライティング! 英語だとJournaling と呼ばれている方法に近いのかな? やり方はとてもシンプルです。

 

すぐできるので、この記事を読みながらぜひ一緒にお試ししてみてください。

 

スピードライティングのやり方

1. まず、紙とペンを用意します。

ノートでもチラシの裏でもいいです。お気軽に。

 

2. 次に、トピックを決めて、一番上に書きます。

例えば、トピックを「家族」にしたとしましょう。そうしたら、紙の一番上に "My Family" と書きます。

 

3. そして、タイマーをセットします。

10〜15分くらいがいいかと思います。

 

4. よーい、スタート!

制限時間内で、書けるだけ書きまくります。はじめは文法とかスペルミスはあまり気にせずに、思いついたままとにかく書きなぐる勢いで、スピード勝負!

 

5. はい、時間がきたら終わりにします。

自分で読み直して間違っているところ、こう書きたかったんだけど書けなかったところ、いろいろ反省があると思います。自分でわかる間違いはまず直し、知らなかった表現は例文を調べながら書き込みます。色ペンで直しても良いし、隣のページに書き直しても良いです。自分が見やすいようにしてください。

 

6. 可能な限りネイティブに添削してもらって、正しい表現を音読して暗記してしまいましょう。

日本語でも同じく、いつもしてる話って、スラスラ話せますよね。それと同じ感覚で覚えてしまいましょう。

 

私はこれを、週1回約4ヶ月続けました。

(そして最近また英語熱が上がってきて表現を磨きたいので、始めるつもりです!)

 

このライティングのメリットは、

1)自分が話したいことを話す準備をしておける。

「言いたいことがあるのに言えない」「聞かれたけど答えられなかった」が減るので、そのトピックがきたときは、自信を持って答えられます。そしてまたやる気につながります。

 

2)スピードの成長が目に見えてわかりやすい。

例えば、週1回4ヶ月続けたら、約16回分蓄積されます。1、2回目と15、16回目を比べれば、その分量は明らかに違います。それだけ早く書けるようになったということは、それだけ英語がスラスラ出てくるようになってきたという証拠です。どうでしょう、数ヶ月後の自分にワクワクしてきませんか?

 

3)英語の精度も上がってくる

スピードの成長と同じく、いつもしてしまう自分のクセが修正されていきます。例えば、最初の方は、He like dog. とか書いていても、自然に、He likes dogs. のように、三単のs が抜けなくなってきたとか、単数形と複数形を間違えにくくなったとか、そういう上達が目に見えます。会話だと、こういうのは間違えても別に、サラッと流されてしまうので、自分ではなかなか気付きにくいですが、書いて残ると気づくことができます。しかも、だんだん長い文もササッと書けるようになってきて、楽しくなります。

 

もちろん、話すときにはある程度の発音やイントネーションの習得など練習が必要ですが、「スラスラ出てくること」を目的とするなら、このスピードライティングがオススメです! 楽しいですよ!

 

何を書いたら良いかわからない方は、普通に初対面の方にお会いしたとき、どんな話をするか考えてみてください。天気の話以外で、「どちらからいらしたんですか?」「ご趣味は?」「ご家族は?」って、なんだかお見合いみたいに聞こえるかもしれませんが、「英語だ!」ってパニクる前に、普通に人間とお話しすることを前提に、話したいことを考えてみましょう。出身地、家族、ペット、趣味、友達、部活、スポーツ、食事・外食、旅行、ドラマ、音楽・楽器、本・漫画、たくさんありますね。まあまあ書き尽くしたかなと思ったら、なんでも話せる親しい友人ができたとき向けに、もっとディープな話をしてもOKです。必ず笑ってもらえる鉄板ネタを用意しておいてもいいですしね。

 

一応、ここでトピックを決めるときに気をつけたいのが、広げすぎないことです。例えば、私がスポーツを選んだとすると、スポーツのなかでもどの競技なのか選んだ方が良いです。そうでないと、昔あのスポーツやってた、何年やった、今はこれが好き、って15分では表面的なことしか書けなくなってしまうからです。それよりは、スノーボードって具体的なお題を決めて、いつから、どんなきっかけで始めて、どのくらいの頻度でやって、っていう感じに、より具体的に自分を表現できることを書く方がいいですね。好きなスポーツが複数あれば、何回かに分けても良いです。スノボをトピックに挙げて、"One of my favorite sports is snowboarding." とかいう書き出しなんてどうですか。

 

添削してくれる人がいない、ライティングで準備したネタがネイティブに話して通じるかどうかわからない、という方は、インターネットをフルに活用して見つけましょう。

後日、便利なサイトや格安のスピーキングレッスンの探し方もご紹介する予定です。

 

 

「兄弟仲良くしなさい」と言う親の子どもほど仲良くならない謎〜仲良い兄弟の親は「仲良くしなさい」と言わない〜

幼い子どもに対して「仲良く遊びなさい」と言ったり、子どもが成長して中高生、または大人になってからも「兄弟仲良くしなさい」と言っている親御さん、けっこう見かけます。うちの両親もまた然り。
 
だけどこれ、「東大生の親は子どもに勉強しろと言わない」というのと似ていて、仲が良い兄弟の親は「仲良くしなさい」と言っていないだろうなと思っています。私の主人実家や、友人実家がこの典型で、「親に兄弟仲良くしろなんて言われたことないよ。でも仲良いよ。」って、兄弟姉妹の尊敬しているポイントを、聞かなくても自然にサラサラ話してくれます。羨ましい!
 
・なぜ親は「兄弟仲良く」と言うのか
例えば子どもの幼少期、年の近い兄弟を一緒に遊ばせて、親はその間に家事を済ませたい。ところが、子どもから目を離すと下の子が上の子に殴られて泣いている。もしくは上の子は下の子にオモチャを壊されて騒いでいる。
「静かにしなさい! なんで仲良く遊べないの!」
ありそうな光景です。
 
ここで親が主張したいのは、「兄弟仲良く遊んでほしい」というのは表面的な主張で、本当のところは「兄弟で遊んでいてもらうことで、自分は家事をしたい」ではないかと思います。親のエゴで兄弟で遊んでいてほしいと思うなら、それは修正するか、改善策を考える方が良いでしょう。
 
・「仲良く遊べるはず」という誤解
もうひとつ、幼少期の子どもにおける親の誤解が隠れています。子どもが仲良く遊べるようになるには、いくつか段階を踏まなければなりません。子どもはすぐにお友達や兄弟と遊べるわけではありません。はじめは同じ場所で同じことをして遊んでいるように見えても、実は一緒に遊んでいなかったり、自分のものとそうじゃないものの区別がついていなかったり、ルールがわかっていなかったり。
 
 例えば2歳と5歳が一緒に遊ぶのは、お互いが相応に成長していても難しいし、上の子がよほど面倒見が良いとか、下の子が上の子に夢中で従うようなことがなければ成立しないのです。それを「上の子が下の子を見てくれるはず」とか「年が近いから仲良く遊べる」など親の理想と思い込みで、子どもに負担を強いてしまうのはもったいないです。別々に遊ばせるか、親がそれぞれの遊びをどちらかが邪魔しないよう見るか、邪魔してしまったら子どもの代わりに声をかける、親が間に入るなどの工夫をしなければなりません。年齢区分を設けていない保育園や幼稚園でも、それぞれの成長に合わせて先生が上手に間に入っています。家庭でも同じことですね。
(子どもの遊びや社交性については別記事で改めて書きたいと思います。)
 
・なぜこのようにして育った兄弟は仲良くならないのか
端的にいうと、理不尽な思いをしてきたから。
もう少し細かく言うと、兄弟が絡むと親からグチグチ理不尽なことを言われて小さな不満、鬱憤が溜まっている状態で、そういう記憶が重なって、関わるのが面倒になってしまうから。まともに話し合えないから嫌いになっていってしまうから。そして親は、子どもが成長してからも似たような過ちを犯し続け、改善のないままつながりの希薄な家庭を作ってしまうんだと思います。そして「兄弟仲良く」「家族だから」という言葉だけが空しく響くのですね。
 
例えばうちの場合は、3姉妹のうち真ん中の子が、特に甘やかされました。ケンカをしても事情は関係なし。問答無用で真ん中の子に親が肩入れする。そうするうちに、私は「いつも自分だけ悪者にされる」と不満がたまり、一方でその子だけどんどんわがままになっていく。それでも親には「お前が我慢しろ」しか言われない。面倒だ、距離置こう…と。みんな社会人になり、手がつけられないほどになってしまってから、しつけようとしても難しいものがあります。
 
・兄弟に仲良くして欲しかったら親はどうすれば良いのか
親の理想を子どもに押し付けない。
子どもの立場にたって考える癖をつける。
中立で客観的な立場で間に入り、子どもの言葉を代弁する。
成長してきたら、なるべく本人同士で解決させる。
 
以上がいま、私が考えうる「兄弟仲良くさせる方法」です。
タイトルにある『仲良い兄弟の親は「仲良くしなさい」と言わない』というのは、『仲良い兄弟の親は「兄弟に仲良くしてもらうために自分に何ができるか考え、行動している』と言い換えられると思います。兄弟といえど性格はそれぞれでしょうからね。親もよく子どもを観察して一緒に成長したいものです。 
 
兄弟児、育ててみたいなあ。

 

年子の兄妹ゲンカを見てしまった〜正しい導き方を考える〜

たまたま動画サイトで年子(2~3歳)の兄妹ゲンカを目撃してしまった。私が見たところでは、子どもにとって理不尽なことを親が強いていると感じましたが、コメント欄では「兄が悪い」「妹がかわいそう」など、どちらかを擁護する発言や「親が悪い」「どっちの子もかわいそう」と親を批判するもの、逆に「親を批判するのはまちがっている」「親は愛情を持ってホームビデオを動画サイトに投稿している」「奪い合って成長する」などの意見が見られました。 コメント欄も含めて大変不快な気分になったけれど、「じゃあ親はどのように子どもと話し合うのがいいんだろう?」と思ったので、自分なりに考えをまとめてみることにしました。
 
まず先の兄妹ゲンカはおおまかに以下の流れでした。
 (1) 兄のオモチャを持って妹が遊び始める。
 (2) 兄は自分のオモチャを取られたことに怒り力で取り返す。
 (3) 親が「そのくらい貸してあげなさい」と兄を叱る。
 (4) 兄が「嫌だ」と主張する。
 (5) 親が「なんで仲良く遊べないの」と兄に怒る。
 (6) 兄が妹を張り倒す。
 (7) 親が妹を擁護する。
 (8) 最初に戻るを繰り返し、兄は次第にヒステリックになっていく。
 
よく見る光景だけど、これでは兄妹どちらもかわいそうだと胸が痛みました。ひとつずつ丁寧に見ていきましょう。
 
(1) 兄のオモチャを持って妹が遊び始める
兄のオモチャを勝手に妹が使い遊び始めてしまった。妹は当然悪気はありません。まだ誰のものという区別も曖昧のように見受けられました。だけど、悪気の有無にかかわらず、人のものを勝手に使い始めてはいけませんよね。まだ「貸して」と言葉で交渉できない年齢なら、妹の代わりに親が先に「妹ちゃんが遊びたがってるんだけど、貸してくれる?」と一言声をかけた方が良いでしょう。これによって妹も「人のものを借りたいときは、一言声をかける」というマナーを覚えられるでしょう。
 
大人の世界で考えてみてください。私ももういい年したオバさんですけど、もし自分の化粧品を勝手に妹が使っていたら「ちょっと!一言いってくれたらいいじゃん!」って思いますよ。もともと共有しようと決めていたり、なんとなく一緒に使うものってわかっているなら気にしませんけど、急にそんなことになったら、あれ?って思うはずです。夫婦間でだって、「これ借りていい?」とか聞きあったりしませんか?
 
 (2) 兄は自分のオモチャを取られたことに怒り、力で取り返す
いくら自分のオモチャを無断で取られたからといって、暴力で解決しようとしてはいけません。きちんと言葉で「それは勝手に使われたくない」と伝えなくてはいけません。親は「妹ちゃんが勝手にお兄ちゃんのオモチャを取ったのはいけなかったね。だけど力で訴えるのはよくないよ。」と話してあげた方が良いでしょう。そうすれば、「自分の理不尽さを親はわかってくれた」という安心感も出るので、なおのこと「暴力はいけない」というのがすんなり入ってきやすくなるでしょう。
 
 (3) 親が「そのくらい貸してあげなさい」と兄を叱る
「そのくらい」なんて、兄にとっては大事な大事なオモチャなのに、人の価値観を軽視するなんて、親にされたら子どもはショックですよね。ただでさえオモチャを取られて理不尽な思いをしているのに、その上「そのくらい」なんて否定されちゃったら素直になれません。
 
先の大人世界の例の続きで考えてみたらわかりますね。「一言いってよ!」ってなったとき、もし親が「化粧品くらい勝手に使わせてあげなさいよ」なんて言ったら、どうでしょう? 貸すこと自体が嫌なわけじゃないんだ。でもこれはブランド限定のやっと買えた大事な大事な品でうんぬん。「たかが化粧品」なんて、なぜ親に価値を決めつけられなきゃいけなんだ!と思ってしまうかもしれませんね。趣味のものなんて、他人から見たらガラクタですよ。でもその価値は本人が決めることですから、周りがとやかく言うことは控えたいですね。たまに見かける「夫の趣味のものを妻が無断で処分してしまった」というのもヒントになるかもしれません。
 
 (4) 兄が「嫌だ」と主張する
自分の意思表示ができるのはとても良いことです。普通に考えればわかりますが、「貸して」の答えが「いいよ」とは限りません。それなのになぜか、幼い子どもの間には「いいよ」の一択しかないと主張する親がいるのは解せません。 「貸して」の答えが同じ「いいよ」だったとしてもバリエーションはあるし、「ごめんね」と断る場合だって存在します。
 
例えば大人が二人で台所に立っているとき、水道の取り合いになることがあります。一人が洗い物をしていてもう一方がちょっと手を軽く洗いたいとき、「ちょっと水道いい?」「あ、じゃあこれだけ洗わせて」とかありますよね。断る例で言えば、「ちょっとパソコン借りていい?」「ごめん、あと2分でネット通販の限定セールが始まるから終わったらにしてほしい」くらいのやりとりがありませんか。
 
確かにオモチャには大人の例に挙げたような明確で合理的な理由はないかもしれません。でも、所有者である兄が「嫌だ」と主張している以上、親は無理くり意思を変えさせるようなことはすべきではないでしょう。「問答無用で貸せ」なんて、独裁者のすることです。
 
 (5) 親が「なんで仲良く遊べないの」と兄を怒る
兄の立場にたってみたらわかります。自分のオモチャを妹に無断で横取りされた上、理解者は誰もいない。理不尽な思いをするのに仲良く遊べるわけありませんね。親が「なんで仲良く遊べないの」と聞くなら、「なんで公平に状況を判断できないの」と子どもは聞きたくなるでしょう。
 
 (6) 兄が妹を張り倒す
(2)と同じく、暴力はよくないですね。ただ情状酌量の余地はありそうです。親は「急にオモチャを取られて悔しかった気持ちはわかるけど、倒されたら痛いよね。それだけは一緒に妹に謝ろうか。」と提案してみたらどうでしょう。少しは兄も受け入れやすいのではないでしょうか。
 
 (7) 親が妹を擁護する
兄のオモチャを横取りした妹を擁護するのはいかがなものでしょうか。動画のなかでは兄のオモチャを奪った妹は褒められていました。動画用のネタだとしても、本気になっている子どもには、かわいそうすぎませんか。妹を擁護して褒めている場合ではありませんね。親は「お兄ちゃんに貸してって聞いてみようね」「それはお兄ちゃんのだから返そうか」と中立の立場を示すべきだと私は思います。兄が理不尽な思いをするだけでなく、妹の教育にもならないからです。人のものをいたずらして褒められたなんて、とても良い経験とは思えません。妹ちゃんが将来このビデオを見たら一体どんな風に思うでしょうか。
 
 (8) 最初に戻るを繰り返し、兄は次第にヒステリックになっていく
自分の主張が誰にも理解されない。理不尽な思いをしているのに公正な裁きを受けられない。これはヒステリーを起こしたくもなりますよね。虐待とまでは言いませんけど、とても見られたものではないと思ってしまいました。
 
全体を書き終えての考察
・家庭ってコワイ
外からは見えないけど、こんな理不尽なやりとりが毎日行われているわけです。まだ幼児だから、親もコントロール可能かもしれませんが、親は両者それぞれの立場にたって中立に客観的に見ることをしなければ、子どもが成長してからが心配ですね。家庭って閉鎖的な場所だから、何が起こっているかわからない。子どもに歪んだ教育を与えているかもしれないこわさ。
 
 ・親は、誰からも注意されることがない
 この例は動画サイトのものでしたから、コメント欄で親の間違いを指摘する声もありました。一方で、親を擁護するコメントもありました。どちらにせよ大事なのは、親が省みる姿勢を持っていることだと思っています。残念ながらこの動画を挙げた親御さんは、擁護コメントだけを受け入れていましたので、改善は見られなそうです。逆に、「私は大丈夫かしら?」と振り返ってみようと思えた人は、子どもと一緒に成長できる人だと確信しています。
 
・子どもも親と同じ一人の人
子どもだって大人と同じ人間なのに、なぜか大人は子どもの主張や感情は軽視しがちで、親は子どもに理想を押し付けてしまったりしますよね。その方が楽だから、というのもわからないではないですが、こういう小さな鬱憤の積み重ねが、親への不信感に繋がりかねません。せっかく親が一部始終を見ていたんだから、子どもの立場にたって考える癖をぜひつけたいものです。ホームビデオを撮るくらい愛情のある親だからこそ、もう1歩だけ子どもに歩み寄った対応をしていけると良いなと思います。
 

産後すぐに無理をしたら体にトラブルが起きやすくなる〜退院後体験談のうそとほんと〜

妊娠出産について調べるようになり、ネット上でさまざまな体験談を読んでいます。そんななか、産後の回復、退院後の過ごし方について気になったことがあったので、書いてみたいと思いました。
 
 
・ネットの体験談を鵜呑みにしちゃダメ
「産後、退院した足で上の子たちを保育園に迎えに行きました」
「退院後すぐに普段通りの生活でした」
「入院中も院内を歩いてたんだから安静にする必要ない」
など、まるで「産後安静にするのは甘え」と言わんばかりの書き込みを見かけることもあります。
 
しかしながら、医師監修のこちらの記事には、
「産後は骨盤底の筋肉がダメージを受けており、このときに無理をすると子宮や骨盤底の回復が遅くなり、更年期に差し掛かる頃になってから骨盤底全体がゆるんで尿漏れしやすくなったり、子宮が下がって膣から出てきり(骨盤臓器脱)などのトラブルが起こりやすくなる 」
と書かれています。
 
 
さらに、「産後 無理 影響」で検索すると
無理をしたために後悔をした方たちもたくさんいらっしゃることがわかります。
おそらく、「無理しても大丈夫だった」と言っている人のなかには、「今のところ大丈夫(だけどあとで問題が起こる可能性が高い人)」と「本当に大丈夫だった人」がいるはずです。ケースバイケースなので一概には言えませんが、少なくとも、きちんと休まないとのちに問題が起こるリスクが高まるのでしょうね。
 
 
・「産後無理をすると子宮脱になりやすい」は本当らしい
上に紹介した記事の典型的パターンとして、私の母は産後の無理が祟って、更年期に子宮が下がり、子宮脱になりました。病院で医師に診てもらった際、産後に無理しなかったかどうか確認され、気づいたようです。母は、きちんと休まなかったことを深く後悔したそうです。
 
 
・下の子を出産したあとは無理しがち
母は第3子を出産後、祖母(母の実母)にお世話になったので、2週間は安静にできていました。しかし、産後3週目から私と上の妹が新学期に入り通園通学のため、つい無理をしてしまったそうです。(普段通りに家事炊事全般こなしてしまったらしいです。)父は仕事で帰りが遅く、戦力になりませんでした。当時は少し疲れやすい程度だったそうですが、更年期になって体に障害が出てから、「あのときせめてあと1週間でも休めていれば」「産後は絶対に寝てなきゃダメ(赤ちゃんの世話以外)」と、当時のことを悔やみながら、無理しないようにと口酸っぱく言っています。
 
 
・医師や看護師、助産師さんのアドバイスをよく聞くこと
ネットの記事ばかりを信じてはダメです。この記事だって疑ってもらって良いくらいです(もちろん誠実に書いてますけどね。)普通分娩か帝王切開か、安産か難産か、その人の体力や傷の状態など、出産の数だけ違います。その状態を知っている専門家は、あなた自身のお医者様や看護師さん、助産師さんだけです。母でも義母でも、近所のおばちゃんでも、ネットの知らない人でもありません。人によって回復にかかる時間や体調の変化が違うことを理解し、きちんと専門家の言うことを聞きましょう。
 
 
・ベビーシッターや家事代行、ファミリーサポートを利用しよう
近くに頼れる人がいない方やご主人が仕事で遅いなど、さまざま事情で一人で乗り切る方もいらっしゃると思います。それでもなるべく横になる時間を増やすために、家事代行サービスなどを依頼しましょう。
また、他人が家にいると落ち着かないという場合は、お弁当の配達や通販などを利用して、炊事の時間や回数を減らしましょう。
 
 
・よく休んで早く回復するのが一番お得
産後一人で乗り切ろうとすると、普段より出費が増えるかもしれません。でも、ズルズル体調不良を引きずって何ヶ月も過ぎてしまうよりも(人によっては数年かかる場合もあるようですから)、短期間しっかり家事をサボって回復した方が、全体で見たらメリットが大きいはずです。
 
産後は無理せず、赤ちゃんのお世話以外の時間は、目をつぶって横になりましょう。
 
自分も忘れないように気をつけよう。

努力しろとか成長しろとか〜呼吸を止めなきゃそれで良い〜

 

 

「君は成長したいと思わないの?」

 

昔、しゅじんが、転職する前の会社で上の人からこう言われたそうです。

 

どういう話の流れで発せられた言葉なのかによって多少意味が変わってきそうですが

 

その話を聞いたとき、私は「?」と思ったんです。

 

思わず「その人のいう 成長 って何を指してるの?」

 

と聞いてしまいました。

 

例えば、「仕事で◯◯ができるようになりたい」

 

といった目標を持って仕事しようという意味での成長なのか

 

「やる気を持って仕事すること」みたいな意味なのか。

 

いくつか考えられますけど、一体その人はしゅじんに何を聞きたかったんでしょうか。

 

ダラダラやる気のない態度をとっていたなら叱責されたんでしょうけど

 

どうもそういうわけではなさそうです。

 

(というかそんなしゅじん、むしろ私が見てみたいくらい笑)

 

 

 

成長とか努力って、わざわざしようと思ってすることじゃないと私は思うんです。

 

それとなくでも、目標があって達成しようと試行錯誤していたら、

 

そういえば努力していたし、前と比べたらこういうことができるようになったなあ

 

としみじみ成長を感じるようなものじゃないでしょうか。

 

 

 

毎日、真夜中をすぎて血みどろになって帰宅する人が、

 

成長していないなんてことはないでしょう。

 

なんとも抽象的で、発言の意図がわからないと思ってしまいました。

 

もしかしたら、それをしゅじんに質問した方自身が悩んでおられたのかもしれません。

 

 

 

成長度合いやペースは周りが決めることではありません。

 

いい例として、学生時代の私の活躍は、そこそこに見られるものだったと思います。

 

成績も良いし、部活でも中心的な役割を担っていたし、

 

学級委員だのなんとか委員長だのやったし、

 

インターンシップにも参加し、ボランティア活動をして、賞をいただき、

 

それはそれは輝かしいと見てくれる人もいたでしょう。自分で言いますけど笑

 

では逆に、うつ病になってしゅじんと同棲して、

 

無職のただの居候になってからの何年間、

 

果たして全然成長していないってことがあるでしょうか。

 

私はそうは思わないんですよね。

 

むしろ、無理をして優等生演じていたときの数年よりも

 

何もしなかったこの数年の方が成長しているかもしれません。

 

少なくとも、もっと自分に素直に感じたままに生きることにおいては

 

かなり成長したはずです。笑

 

 

 

もちろん、こんな見えない成長を誰かに認めて欲しいとは全く思いません。

 

自分がわかっていれば十分なので。

 

それと同時に、まわりは目に見えてその人に大きな変化がないと、

 

成長したって認識しにくいものなんだろうな、と思います。

 

 

 

自分にもまわりにも、見えない成長ってあると思います。

 

あとになって振り返ってみたときに見えるものだから

 

そのときはわからないはずです。

 

だけど、毎日寝て過ごしたうつ病ニートだって、

 

今になれば成長した気がしてるんですから、

 

一日ゴロゴロしながら鼻ほじってゲームしてた人だって

 

何かしら成長してるんですよ、きっと。

 

ただペースはゆっくりかもしれないですけどね。

 

究極のところ、呼吸さえ止めなければ、誰でも成長してるんだと

 

私は思っています。

 

逆カルチャーショック?〜米国で1年過ごし日本に帰国して驚いたこと〜

逆カルチャーショックというのかはわかりませんが、アメリカに1年留学して日本に帰ってきたとき、個人的に衝撃的だったことをまとめました。
 
・東京の夏はビニールハウスの中
飛行機から降りて数分間、「なんでここビニールハウスの中みたいにモヤモヤするんだろう?」と建物の構造や施設について真剣に考えてしまいました(笑)しばらくしてピンときた。こんなに蒸し暑かったっけ!
 
・トイレが清潔!
外のトイレがどこも清潔で超快適でした。アメリカでは「え、全部の個室、水流れてないんですけど・・」とか「どうやって用足したらこうなるんだ?」と思うような悲惨な光景に慣れつつあったので、光り輝く日本のトイレに感動しました。
 
・コンビニが美しい!
明るくて清潔で整頓されているコンビニ。帰国後初めて入ったファミリーマートで、うわっ!と眩しさに圧倒されました。全然薄暗くない、清掃されている、美しく陳列された商品。高級ブティックと見紛うほどのきれいさに、思わずニヤついてしまいました。
 
・電車から大量に人が出てきた!
アメリカでは地下鉄の発達しているニューヨークでさえこんなに人が出てくるところを見なかったので、改めて人の多さに驚きました。
 
・女子っぽい男子が多い!
これは流行りもあったのでしょうか。髪が長くて女性っぽいのがオシャレな、女性っぽい服装やピアスをつけた男性がとても多いことに気づきました。日本の外に出なければきっと気づかなかったと思います! ちなみにこの話は、大学の教授たちの間でもウケていました。やっぱりみなさん日本に帰国されると同じように感じるそうです。もちろん、日本とアメリカどっちが良い悪いの話ではないですよ! 善悪ではなく、単純に違いです! 米国以外の国では男女のファッションはどうなっているんでしょうか。興味があります。
 
・道路狭い〜でも超きれい!
片側2車線、3車線あることに慣れてから帰ると、片側1車線は狭く感じますね。しかも、その1つの車線自体も幅が狭いので、ちょっとビビります。歩道も狭いし、ないところも多いですもんね。一方で、これは本当に世界に誇れると個人的に思ったんですが、デコボコの道路がほとんどなくて、細い道でもしっかり舗装されていて平らできれい。国土の小さい国だから道路の幅は仕方ないけど、この道路の質の高さはすばらしいと思っています。
 
・痩せている人が多い!
日本のポッチャリはアメリカのスキニーなんて例える人がいるくらい、なかなかふくよかな人を見かけることはありません。私も日本では痩せてるなんて言われたことなかったのに(高校時代はクラス1のおデブだった)、アメリカではどうやってそのスキニー体型を維持できるのかと真剣に聞かれました。「生まれつき」なんて答えたら嫌味っぽい?(もう言われる機会もないな。遠い目)
 
このほかにも、電車でどこにでもいける便利さ、店員さんが超親切、朝から夜までお店があいてる、食べ物がおいしい、水がきれい、などなど、やっぱり日本いいなと思うことがたくさんありました。もちろん逆もありますが。外に出てみると視野が広がって、自分の国のことを客観的に見られるようになると言いますが、実際本当にその通りでした。機会があれば、次は別の地域にも行って、もっと長く滞在してみたいなあ。

 

 

 

プレミアムフライデーいらないから定時で帰して!〜子どもは無理かなと思った話〜

転職しても変わらない残業

最近主人が転職しました。今の会社に入社する前、会社からは「うちは残業するならその分勉強時間にあててほしいと思っているので、あえて残業代を低く設定しています。」と説明があり、てっきり残業時間は少なめなのかと甘く考えていました。

 

ところが入社早々から残業、残業、残業。朝早く出勤して、仕事が終わるのは日付が変わってから、終電で帰宅する毎日。月ー金のはずなのに、土曜出勤が当たり前。

 

前職も同じ職種で、残業、残業の毎日。やっぱり日付が変わらないと帰ってきませんでした。今度の会社では、少しは早く帰れるかもと期待していたのに、就労時間は変わらず。主人自身は、業務内容は前よりもマシになったと言いますが、拘束時間は改善されませんでした。

 

どちらの会社も残業代を払ってくれる点ではブラックではないかもしれないけど、数時間だけ寝てまた仕事に行く人間をそばで見ていると、ダークグレーに思えてならないのです。

 

仮に今後転職をし続けたとしても、出るかわからないサイコロの目を振り続けるようなもので、ホワイト企業にたどり着けるかはわかりません。

 

家族が成り立たない

主人がそんな働き方をしているなか、お気楽な専業ニートの私は、わずかばかりの家事をこなし、主人から頼まれた雑用を終わらせ、「もしも子どもがいたら」の妄想をしながら過ごします。

※私が自分のことを専業ニートと書くのは事情あってのことです。世の中の専業主婦、専業主夫の方に悪意があるわけではありませんので誤解なきようにお願いします。

 

しかし、夕食の準備が終わり、夜8時、9時、10時と時間が過ぎるにしたがって、主人の体調を心配する気持ちが募り、不安になり、「やっぱこれじゃ子どもは無理かあ」と落ち込みます。(ワンオペ育児をされている方の気持ちを想像すると胸が痛みます。)

 

実際、今の私の任務は「日付が変わって帰ってきた人を1分でも早く就寝させること」になってしまっていて、主人の話を聞く時間もろくにないし、私が話す時間もない。流れ作業的に、「メシ!風呂!寝る!」になるのが現実です。主人に不満はありません。ただただ不憫に思えてならないのです。

 

夫婦二人でさえコミュニケーションがとれず、ただの同居人化してしまっているのに、子どもがいたらどうでしょうか。一緒にご飯を食べることもお風呂にも入ることもない、「たまに顔を見るオジサン」がいるだけ。

 

もし主人が根っからの仕事人間なら、家族としてその生き方を尊重し、応援します。でも、うちの主人は家庭第一主義の人間です。私のことを「飯炊き風呂焚きババア」にしたいと望んでもいないし、「たまに顔を見るだけのオッサン」になりたいとも決して思っていないのです。

 

私が寂しいと思うのは私の勝手ですが、きっと子どももさみしい思いをするでしょうね。何よりこれは主人が期待していた働き方、生き方でもないはずです。

 

一主婦の理想論と現実と

私の理想論では、定時とまでは言わないにせよ、せめて夕飯時間には帰ってきてほしいです。頭では理解していますよ。夜7時8時には帰れないサラリーマンが大半だということは。

 

いつだったか、女の芸人さんがテレビで「旦那を早く帰してほしい」と訴えたという記事を読みました。

 

その批判内容として、「テレビを通じて訴えたら、夫の立場を悪くする」といったものが挙がったようで、これは否定できないなと思いました。テレビを通じて有名な方が発言することを考えると、もう少し配慮が必要だったかもしれません。

 

しかし、あくまで一人の主婦として考えると、というよりは一人の人間としては、「早く帰して」という主張は、本当にこれ以上でも以下でもない気がします。

 

子どもがいるかいないか、単身かそうでないかにかかわらず、もうちょっとマシな働き方ができる社会になってはくれないかと夢見てしまいます。病気の家族がいたり、介護をしていたり、いろんな事情の人がいて、最悪会社を辞めないと介護できない、子育てに参加できない。誰も幸せになれないのではと思ってしまいます。

 

主人の転職活動中、女性が多い会社も候補の1つにありました。そのとき「女性が多い職場だと、男の主人に仕事を押し付けられないか心配」なんて思ってしまったのも事実です。だけど、そんな考えが出てくる時点で、社会のあり方を疑わなければいけないのでしょうね。

 

子どもができたら転勤させられる人、会社内で妊娠の順番待ちをする人、正社員なら長時間残業が当たり前という環境にいる人、子どもがほしいけど職場に遠慮して悩んでいる人、しわ寄せに悩んでいる人、などなど。こんな人たちが子どもがほしくてかつ子育てに関わりたいと思ったら、極端な話、仕事を辞めるかパートしかなくなってしまうのでは。

 

人手不足の日本では厳しいのでしょうか。諸外国を参考に改善できる部分はないのでしょうか。

 

プレミアムフライデーいらないから定時で帰して

月末の金曜日だけ早く退社できても、働き方改革としては何の解決にもならないと思ってしまうのは私だけでしょうか。だって、その分他の日にまた残業で仕事調整しないといけないんでしょう? 「毎日定時で帰して」というのは理想論が過ぎて無理かもしれないけど、せめて長時間残業が改善されれば、夫婦正社員共働きでも子どもをもうけたいと思う世帯は増えるだろうし、その方が結果的には経済も潤って税収も増えるのでは?(短絡的すぎ?)

 

たとえば、私の友人(正社員総合職)の会社では、最近定時退社を強く推奨するようになったそうです。友人いわく「早く退社できるようになったら体力余っちゃって、会社帰りに習い事始めたんだ」と。詳細はわかりませんが、定時にあがれる分どこかにしわ寄せがくる形ではないようで、理想的な働き方だと思いました。

 

とにもかくにも、社会全体がもう少しこんなふうに健康的な方向に変わってくれたらいいなと思います。一人の人間が二人分働いて成り立っている社会は、少なくとも健康な先進国の姿ではないのでは。

 

会社の都合を度外視して本音だけ言えば、理想は、「なんでもいいから主人を早く帰してほしい、子どももほしい、夫婦で協力して子育てしたい」です。子どものことはともかく、主人の健康が私にとって結局一番大事だから、やっぱり早く帰して!