赤ちゃんの沐浴は臨機応変に!〜新生児の沐浴方法と頻度を見極めるところから〜

 

まさか沐浴から親の力を試されているのでは?と思った話。

 

 

ある日、動画サイトのおすすめ動画に、"How to bathe a new born baby"(『新生児の沐浴の仕方』)が出てきた。

 

海外も日本と同じなのかな〜?って、なんとなく見てみた。

 

え、違う! 同じところもあるけど、違う!

 

アクセントから判断するに、おそらくアメリカ西海岸だと思うのですが、助産師さんが入れ方を丁寧に説明していました。

 

へその緒がとれた後から沐浴開始。

石鹸は使わないで。

濡らしたガーゼでよく拭いてあげて。

特にシワのところに汚れが溜まりやすいから注意して。

沐浴は週に2回まで。

 

「え?週に2回って、3日に1回? へその緒とれるまでお風呂入れないの?」

「これは! ジャパンではチガウ!って書き込もうか?」

 

なんて思いつつコメント欄を見ると、

 

「私の国では1日2回毎日沐浴しますよ。」

「うちの国では毎日石鹸で洗ってあげます。」

 

こんなふうに、各国からのコメントが大量にあって、

 

「そっか〜。気候か文化の違いか、なんでか知らんが違うんだな〜」

 

そんなことを思った数日後、別の人がアップした、"How to bathe a new born baby"(『新生児の沐浴の仕方』)がおすすめ動画に出てきている。

 

まさか、これも内容違うんじゃ?

 

そんなに見てどうすんだよ、と思いながらも、つい気になって見てしまった。

 

やっぱりこちらもベテランの助産師さんです。

 

イギリスかオーストラリアかどっちかだと思われます。

 

で、やっぱり違う!笑

 

赤ちゃん用のソープをお湯に入れて溶かす。

へその緒はとれていないまま。

沐浴頻度については言及されていなかった。

ソープが溶けたお湯の中で丁寧に洗って、

泡は流すけど、新しいお湯で洗い流すことなく終了。

 

そしてこちらのコメント欄は、

 

「へその緒がとれるまでは沐浴すべきじゃないって思ってたけど違うの?」

「ソープ入ってるお湯のままなのは汚くない?」

 

といった内容も書かれていました。

 

えーちょっと待って。

何が正解なの?

私の想像では、基本は1日1回で、ソープ使うし、新しいお湯で流すし、生まれてすぐお湯に入れてる、だったんですが?

(ドライケアという方法も、流さないで良いソープも知ってはいましたが)

 

そりゃ個人差はあるけど、

「へその緒がとれるまで沐浴しない」

なんて聞いたことがなかった。

 

それで調べてみたら、確かにアメリカでは、

「へその緒がとれるまで沐浴はせず、スポンジバスという方法で、拭いてあげるだけ」

という方法がとられているようだった。

(詳細省いてすみませんが、超ザックリ言うとこんな感じ。もちろん地域や個人差による。)

 

一人目はアメリカ、二人目は日本、で子育てをした方などは、どちらのやり方も経験していたり、フランスでは〜イギリスでは〜ときりがない。

 

同じ日本でも、うちの産院では〜と始まると、やはりきりがない。

 

「郷に入っては郷に従え」

 

とおっしゃる方もいて、なるほどその通りかもしれない。

 

 

そこまで調べてみて気づいたのは、

 

「子どもに合わない方法だったら変えればいい」

 

ということ。

 

洗いすぎて乾燥していたら、石鹸を使わずに濡らしたガーゼで拭くだけにしてもいいかもしれない。

あまりに皮脂がたまって落とせていなかったら石鹸を使ってみてもいいかもしれない。

 

赤ちゃんが沐浴好きなら毎日入れてあげたいし、

拭くだけの方がご機嫌なら、それでもいいかもしれない。

 

季節や体質にもよる。地域にもよる。

 

赤ちゃんの様子を見ながら、その子にとって何が合っているのか見極めたい。

きっと、兄弟でも違うんじゃなかろうか。

 

もちろん、異常が出たらすぐに専門家に相談する。

 

子育ては、反省改善の繰り返しと思っているけれど、

 

まさか沐浴から?

 

きっとそうなんでしょうね。

 

当然ながら、基本的には産院での指導に従うつもりですが、私はつい、「教えてもらったことこそ正しい!」「こうしなきゃ!」って思い込んで、狭い世界に勝手に縛られてしまうときがあるので、特別に薬や治療が必要な場合を除いて、「必ずしも正解はひとつではないんだ」「いろんな方法があるんだ」ってことだけは、覚えておこう。

 

という話でした。

 

 

 

 

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大人になったとき残るものから逆算して子育てする考え方

 

保育士でベビーシッターをしています。

 

たくさんの親子を見るなかで、「自分が子育てをする番になったらこんなふうに考えたいな」と思う考え方を書きたいと思います。

 

さっそくですが、まずはわかりやすい例から。

 

よくネットにもある子育ての悩み相談のなかに、

 

「うちの子はまだ寝返りしない」

「まだハイハイができない」

「まだつかまり立ちしない」

「まだ歩けない」

「オムツがとれない」

「まだ字が書けない」

 

こういった「まだ〜〜できない」のお悩みが多くあります。

 

逆に

 

「まだ◯ヶ月なのに、もう◯◯ができるようになった!」

 

と自慢される方もいます。

 

まだ子どものいない人から見ると、

 

「そんなの個人差じゃん。」

 

で片付けられるのですが、実際自分が親になったら、子どもにはこうなってほしいという期待や願望を持って子育てするでしょうから、どうしても他人と比較して焦ってしまうと思うんですね。

 

だけど逆算して考えてみましょう。

 

仮に、子どもが五体満足、特に大きな障害もなく成人式を迎えられたとき、

 

まだオムツしてますか?

まだ漢字書けませんか?

 

そう考えたとき、スピードはあまり重要ではないような気がします。

 

これは想像しやすいですね。

 

 

では次に、こういうのはどうですか。

 

「人との約束は守りなさい」

「時間は守りなさい」

 

なんだか正しい気がしますね。

 

私が親なら口うるさく守らせようとしてしまいそうです。

 

しかし、なかにはそうでない親御さんもいらっしゃいます。

 

彼らは、約束や時間を守らなくて良いと主張しているのではなく、

 

「それを守るその先にあるものはなにか」

「それを守る目的はなにか」

 

をよく理解しているのです。

 

どうして約束を守るのですか?

どうして時間を守るのですか?

 

それが正しいと社会で言われているからでしょうか。

信用できる人間だと思ってもらうためでしょうか。

 

社会のためではなく、自分のためなんですね。

 

こういう親御さんのお子さんは、実は自分から時間を守ろうとします。

 

それは、約束や時間を守る意味を、お子さんなりに理解しているからです。

 

決して、ママが守れっていうから、、じゃないんですね。

 

(もしかしたら親御さんよりお子さんの方が、時間に厳しいかもしれません!笑)

 

 

そして、こういった親御さんは、お子さんの気分の波も受け止めています。

 

大人だって、今日は仕事行きたくない。

今日は一人でいたい。

 

そういう気分の日もありますよね。

 

子どもも同じです。

 

今日は家で遊びたい。

今日は学童行きたくない。

 

足取りが軽い日もあれば、重い日もあります。

 

私が親なら、自分の子どもには、

 

「ワガママ言ってないで早く支度しなさい!」

 

ノロノロしてないでちゃんと歩きなさい!」

 

なんて注意してしまうかもしれません。

 

仕事していたらなおさら時間がなくて、余裕をなくしてしまうかも。

 

だけど、カッコイイ親御さんは違います。

 

子どもがタラタラ歩いていたせいで遅れても、

 

「その日によって歩いたり歩かなかったりするから、今日はそういう日だった」

 

と大きく受け止めているんですね。

 

そして笑っていられる余裕があって、カッコイイ。

 

そして子どもさんの方は、

 

「しなきゃいけないのはわかってたんだよな」

「遅れたのはちょっとまずかったな」

 

って、きちんとわかっている顔をしています。

 

毎日遅刻して良いとか、なんでもワガママで約束を破って良いとか、そんな極端なことを言っているのではないんですよ。

 

そうではなくて、

 

気分の波はありつつも、子どもなりに頑張ろうとした姿勢を評価しましょう

 

という話なんです。

 

こうやって親に認めてもらえた経験があると、他人への寛容さを身につけられる大人になるかもしれません。

 

 

「◯◯できなかった、よりも、頑張ってやろうとした」

 

結果より過程を見ているし、努力する目的や理由をわかっている。

 

 

子どもが成人を迎えたとき、その子に残してほしいものはなんでしょう。

 

オムツがとれた歳の早さでしょうか。

保育園の皆勤賞でしょうか。

ママに言われなくても自分で考えて努力する姿勢でしょうか。

人に信頼される力でしょうか。

 

 

このなかに正解はあるかもしれないし、ないかもしれません。

 

子育てに正解がない以上、答えは人それぞれ違います。

 

きっと私自身は、自分の子どもには言いすぎてしまうことがあるだろうし、忙しくて疲れて余裕がなくなることもあると思います。というかほぼ確実にそうなるでしょう。

 

だけどちょっと冷静になって、「どうして私はこれを口うるさく子どもに言ってるんだっけ?」と振り返れた瞬間、この記事のことを思い出して、ちょっとでも笑っていられる余裕ができたらいいなと思います。

 

ああ、自分の子にはキツくなってしまいそうでコワイ。。

人情と危機管理〜熊田曜子さんの児童館騒動について保育士の私が思ったこと〜

 

はじめに断っておきますが、この記事は熊田さんを擁護も批判もしません。なぜなら、彼女が児童館での出来事を公にした目的を、私には知りようがないからです。単純に日記として書いただけなのか、これから利用する人への注意喚起なのか、改善要望なのか、または有名人ゆえに炎上商法などと言われれば、私には判断のしようがないわけです。さらに、時間をかけてじっくり調べたわけでもありませんから、私の思い込みと憶測も存分に含んでおります。それでは書いていきます。
 
 
私がこの騒動について知ったときの、最初の感覚は、「低月齢の子どもを抱っこしてても入れないのかー。」でした。あくまで感覚ですよ。感覚としては、「2人遊ばせて1人抱っこなら、2人ってことでいいんじゃない?」と思ったんです。
 
しかし、もう少し冷静になって考えてみると、やっぱり児童館の職員さんの対応は完璧だったと思いました。
 
安全上の理由から、というのが最大の理由ですが、おそらく保険の適用なども考慮されての規則なのではないかと思っています。
 
私は保育士で、ベビーシッターとしても働いておりますが、室内で1対1で子どもと遊んでいても、ヒヤッとすることは数え切れないほどあります。
 
急に逆立ちし始めたり、後ろ向きにダッシュし始めたり、高速回転を始めたり。大人では考えられない謎の動きを不意打ちでしてくれます。そしてよく転ぶんですね。いくら保険に入っていても、こわくてこわくてたまりません。
 
これが、児童館だったらどうでしょうか。ある一定の広さに対して、利用者の数を制限していたということは、少しでも接触による事故を避けようと配慮されていたのではないかとも考えられます。
 
また先ほども言及した通り、保険の適用も考慮されていたのだとすれば、ある程度児童館側が責任を持つ形だったのではないでしょうか。
 
ベビーシッターをしていても、この保険の適用についてはやはり、子どもの安全に関わってくる部分ですから、非常に厳しいです。
 
例えば、あるシッターさんが、3歳の子どもの面倒を見るよう依頼されたとします。ところが、実際に行ってみると1歳の兄弟児がいて、3歳と1歳の二人をお願いされた。こういう場合、保険は3歳の子どもにしか適用されません。1歳の子どもが3歳の子に突き飛ばされて頭を打って怪我をしても、自己責任にしかならないのです。
 
どうでしょうか。困っている親御さんが目の前にいたら、「やっぱり下の子も一緒にお願い。」って言われると、気持ちとしては「もちろんです。」って言いたくなります。だけどそれは無責任とも言えるわけです。
 
この児童館ではもしかしたら、「3人連れていて、1人が怪我をしても、残りの怪我をしなかった2人までしか保険適用になりません」ということにもなりかねない。そういう事情があったのかもしれません。
 
そして、気づきました。最初の感覚でこそ、「そこは2人ってカウントしてあげても」なんて、人情では思いましたが、自分の仕事で置き換えてみたら「あ、人情では子どもの安全に責任を持てないわ。」と、考えを改めることになりました。
(保育の仕事してるのに気づかないって、ずいぶん平和ボケしてるな。)
 
きっと児童館の職員さんも、気持ちの上では「1人は抱っこしているなら使っていいですよ。」って言いたいだろうと思います。でも、ここで例外を出すわけにもいかないし、きちんと理由がある規則ですから、危機管理上NOと言うしかなかったんでしょうね。誰も得しない規則のための規則なら批判の的にもなるかもしれないですけど、この場合はそうではありませんから。
 
それから、この規則があることと、3人以上の子育てを拒否されたというのとは、また別の議論になってきます。
 
今回は、「この施設が子どもの安全に配慮した結果、2人まで」という規則になったわけですから、それはもう覆せません。覆しちゃダメです。
 
しかし、これが知られたことによって、「3人以上の子どもがいる家庭でも利用できる施設になってほしい」という要望は、それはそれで出てきて当然だと思います。
 
今後、今回の話題がきっかけで、より安全で、より利用者の幅を広げた施設が増えることを期待します。
 

「どうやって英語が流暢に話せるようになったの?」に答えます!

正直、私の英語は日本語なまりが残っています。大人になってから始めた人の大半と同じですね。でも、ネイティブと話していて特にこれといって問題はありません。スカイプでも対面でも現地でも、ちゃんと通じるし、聞き取れるし、スラスラ会話できています。そうするとよく友達から、「英語どうやって勉強したの?」って聞かれます。

 

今日は特に、「どうやったらスラスラ言いたいことが出てくるようになるか」に焦点をあてて記事を書きたいと思います。

 

結論から言うと、「自分が話したいことだけ準備しておく」です。その準備方法は、スピードライティング! 英語だとJournaling と呼ばれている方法に近いのかな? やり方はとてもシンプルです。

 

すぐできるので、この記事を読みながらぜひ一緒にお試ししてみてください。

 

スピードライティングのやり方

1. まず、紙とペンを用意します。

ノートでもチラシの裏でもいいです。お気軽に。

 

2. 次に、トピックを決めて、一番上に書きます。

例えば、トピックを「家族」にしたとしましょう。そうしたら、紙の一番上に "My Family" と書きます。

 

3. そして、タイマーをセットします。

10〜15分くらいがいいかと思います。

 

4. よーい、スタート!

制限時間内で、書けるだけ書きまくります。はじめは文法とかスペルミスはあまり気にせずに、思いついたままとにかく書きなぐる勢いで、スピード勝負!

 

5. はい、時間がきたら終わりにします。

自分で読み直して間違っているところ、こう書きたかったんだけど書けなかったところ、いろいろ反省があると思います。自分でわかる間違いはまず直し、知らなかった表現は例文を調べながら書き込みます。色ペンで直しても良いし、隣のページに書き直しても良いです。自分が見やすいようにしてください。

 

6. 可能な限りネイティブに添削してもらって、正しい表現を音読して暗記してしまいましょう。

日本語でも同じく、いつもしてる話って、スラスラ話せますよね。それと同じ感覚で覚えてしまいましょう。

 

私はこれを、週1回約4ヶ月続けました。

(そして最近また英語熱が上がってきて表現を磨きたいので、始めるつもりです!)

 

このライティングのメリットは、

1)自分が話したいことを話す準備をしておける。

「言いたいことがあるのに言えない」「聞かれたけど答えられなかった」が減るので、そのトピックがきたときは、自信を持って答えられます。そしてまたやる気につながります。

 

2)スピードの成長が目に見えてわかりやすい。

例えば、週1回4ヶ月続けたら、約16回分蓄積されます。1、2回目と15、16回目を比べれば、その分量は明らかに違います。それだけ早く書けるようになったということは、それだけ英語がスラスラ出てくるようになってきたという証拠です。どうでしょう、数ヶ月後の自分にワクワクしてきませんか?

 

3)英語の精度も上がってくる

スピードの成長と同じく、いつもしてしまう自分のクセが修正されていきます。例えば、最初の方は、He like dog. とか書いていても、自然に、He likes dogs. のように、三単のs が抜けなくなってきたとか、単数形と複数形を間違えにくくなったとか、そういう上達が目に見えます。会話だと、こういうのは間違えても別に、サラッと流されてしまうので、自分ではなかなか気付きにくいですが、書いて残ると気づくことができます。しかも、だんだん長い文もササッと書けるようになってきて、楽しくなります。

 

もちろん、話すときにはある程度の発音やイントネーションの習得など練習が必要ですが、「スラスラ出てくること」を目的とするなら、このスピードライティングがオススメです! 楽しいですよ!

 

何を書いたら良いかわからない方は、普通に初対面の方にお会いしたとき、どんな話をするか考えてみてください。天気の話以外で、「どちらからいらしたんですか?」「ご趣味は?」「ご家族は?」って、なんだかお見合いみたいに聞こえるかもしれませんが、「英語だ!」ってパニクる前に、普通に人間とお話しすることを前提に、話したいことを考えてみましょう。出身地、家族、ペット、趣味、友達、部活、スポーツ、食事・外食、旅行、ドラマ、音楽・楽器、本・漫画、たくさんありますね。まあまあ書き尽くしたかなと思ったら、なんでも話せる親しい友人ができたとき向けに、もっとディープな話をしてもOKです。必ず笑ってもらえる鉄板ネタを用意しておいてもいいですしね。

 

一応、ここでトピックを決めるときに気をつけたいのが、広げすぎないことです。例えば、私がスポーツを選んだとすると、スポーツのなかでもどの競技なのか選んだ方が良いです。そうでないと、昔あのスポーツやってた、何年やった、今はこれが好き、って15分では表面的なことしか書けなくなってしまうからです。それよりは、スノーボードって具体的なお題を決めて、いつから、どんなきっかけで始めて、どのくらいの頻度でやって、っていう感じに、より具体的に自分を表現できることを書く方がいいですね。好きなスポーツが複数あれば、何回かに分けても良いです。スノボをトピックに挙げて、"One of my favorite sports is snowboarding." とかいう書き出しなんてどうですか。

 

添削してくれる人がいない、ライティングで準備したネタがネイティブに話して通じるかどうかわからない、という方は、インターネットをフルに活用して見つけましょう。

後日、便利なサイトや格安のスピーキングレッスンの探し方もご紹介する予定です。

 

 

「兄弟仲良くしなさい」と言う親の子どもほど仲良くならない謎〜仲良い兄弟の親は「仲良くしなさい」と言わない〜

幼い子どもに対して「仲良く遊びなさい」と言ったり、子どもが成長して中高生、または大人になってからも「兄弟仲良くしなさい」と言っている親御さん、けっこう見かけます。うちの両親もまた然り。
 
だけどこれ、「東大生の親は子どもに勉強しろと言わない」というのと似ていて、仲が良い兄弟の親は「仲良くしなさい」と言っていないだろうなと思っています。私の主人実家や、友人実家がこの典型で、「親に兄弟仲良くしろなんて言われたことないよ。でも仲良いよ。」って、兄弟姉妹の尊敬しているポイントを、聞かなくても自然にサラサラ話してくれます。羨ましい!
 
・なぜ親は「兄弟仲良く」と言うのか
例えば子どもの幼少期、年の近い兄弟を一緒に遊ばせて、親はその間に家事を済ませたい。ところが、子どもから目を離すと下の子が上の子に殴られて泣いている。もしくは上の子は下の子にオモチャを壊されて騒いでいる。
「静かにしなさい! なんで仲良く遊べないの!」
ありそうな光景です。
 
ここで親が主張したいのは、「兄弟仲良く遊んでほしい」というのは表面的な主張で、本当のところは「兄弟で遊んでいてもらうことで、自分は家事をしたい」ではないかと思います。親のエゴで兄弟で遊んでいてほしいと思うなら、それは修正するか、改善策を考える方が良いでしょう。
 
・「仲良く遊べるはず」という誤解
もうひとつ、幼少期の子どもにおける親の誤解が隠れています。子どもが仲良く遊べるようになるには、いくつか段階を踏まなければなりません。子どもはすぐにお友達や兄弟と遊べるわけではありません。はじめは同じ場所で同じことをして遊んでいるように見えても、実は一緒に遊んでいなかったり、自分のものとそうじゃないものの区別がついていなかったり、ルールがわかっていなかったり。
 
 例えば2歳と5歳が一緒に遊ぶのは、お互いが相応に成長していても難しいし、上の子がよほど面倒見が良いとか、下の子が上の子に夢中で従うようなことがなければ成立しないのです。それを「上の子が下の子を見てくれるはず」とか「年が近いから仲良く遊べる」など親の理想と思い込みで、子どもに負担を強いてしまうのはもったいないです。別々に遊ばせるか、親がそれぞれの遊びをどちらかが邪魔しないよう見るか、邪魔してしまったら子どもの代わりに声をかける、親が間に入るなどの工夫をしなければなりません。年齢区分を設けていない保育園や幼稚園でも、それぞれの成長に合わせて先生が上手に間に入っています。家庭でも同じことですね。
(子どもの遊びや社交性については別記事で改めて書きたいと思います。)
 
・なぜこのようにして育った兄弟は仲良くならないのか
端的にいうと、理不尽な思いをしてきたから。
もう少し細かく言うと、兄弟が絡むと親からグチグチ理不尽なことを言われて小さな不満、鬱憤が溜まっている状態で、そういう記憶が重なって、関わるのが面倒になってしまうから。まともに話し合えないから嫌いになっていってしまうから。そして親は、子どもが成長してからも似たような過ちを犯し続け、改善のないままつながりの希薄な家庭を作ってしまうんだと思います。そして「兄弟仲良く」「家族だから」という言葉だけが空しく響くのですね。
 
例えばうちの場合は、3姉妹のうち真ん中の子が、特に甘やかされました。ケンカをしても事情は関係なし。問答無用で真ん中の子に親が肩入れする。そうするうちに、私は「いつも自分だけ悪者にされる」と不満がたまり、一方でその子だけどんどんわがままになっていく。それでも親には「お前が我慢しろ」しか言われない。面倒だ、距離置こう…と。みんな社会人になり、手がつけられないほどになってしまってから、しつけようとしても難しいものがあります。
 
・兄弟に仲良くして欲しかったら親はどうすれば良いのか
親の理想を子どもに押し付けない。
子どもの立場にたって考える癖をつける。
中立で客観的な立場で間に入り、子どもの言葉を代弁する。
成長してきたら、なるべく本人同士で解決させる。
 
以上がいま、私が考えうる「兄弟仲良くさせる方法」です。
タイトルにある『仲良い兄弟の親は「仲良くしなさい」と言わない』というのは、『仲良い兄弟の親は「兄弟に仲良くしてもらうために自分に何ができるか考え、行動している』と言い換えられると思います。兄弟といえど性格はそれぞれでしょうからね。親もよく子どもを観察して一緒に成長したいものです。 
 
兄弟児、育ててみたいなあ。

 

年子の兄妹ゲンカを見てしまった〜正しい導き方を考える〜

たまたま動画サイトで年子(2~3歳)の兄妹ゲンカを目撃してしまった。私が見たところでは、子どもにとって理不尽なことを親が強いていると感じましたが、コメント欄では「兄が悪い」「妹がかわいそう」など、どちらかを擁護する発言や「親が悪い」「どっちの子もかわいそう」と親を批判するもの、逆に「親を批判するのはまちがっている」「親は愛情を持ってホームビデオを動画サイトに投稿している」「奪い合って成長する」などの意見が見られました。 コメント欄も含めて大変不快な気分になったけれど、「じゃあ親はどのように子どもと話し合うのがいいんだろう?」と思ったので、自分なりに考えをまとめてみることにしました。
 
まず先の兄妹ゲンカはおおまかに以下の流れでした。
 (1) 兄のオモチャを持って妹が遊び始める。
 (2) 兄は自分のオモチャを取られたことに怒り力で取り返す。
 (3) 親が「そのくらい貸してあげなさい」と兄を叱る。
 (4) 兄が「嫌だ」と主張する。
 (5) 親が「なんで仲良く遊べないの」と兄に怒る。
 (6) 兄が妹を張り倒す。
 (7) 親が妹を擁護する。
 (8) 最初に戻るを繰り返し、兄は次第にヒステリックになっていく。
 
よく見る光景だけど、これでは兄妹どちらもかわいそうだと胸が痛みました。ひとつずつ丁寧に見ていきましょう。
 
(1) 兄のオモチャを持って妹が遊び始める
兄のオモチャを勝手に妹が使い遊び始めてしまった。妹は当然悪気はありません。まだ誰のものという区別も曖昧のように見受けられました。だけど、悪気の有無にかかわらず、人のものを勝手に使い始めてはいけませんよね。まだ「貸して」と言葉で交渉できない年齢なら、妹の代わりに親が先に「妹ちゃんが遊びたがってるんだけど、貸してくれる?」と一言声をかけた方が良いでしょう。これによって妹も「人のものを借りたいときは、一言声をかける」というマナーを覚えられるでしょう。
 
大人の世界で考えてみてください。私ももういい年したオバさんですけど、もし自分の化粧品を勝手に妹が使っていたら「ちょっと!一言いってくれたらいいじゃん!」って思いますよ。もともと共有しようと決めていたり、なんとなく一緒に使うものってわかっているなら気にしませんけど、急にそんなことになったら、あれ?って思うはずです。夫婦間でだって、「これ借りていい?」とか聞きあったりしませんか?
 
 (2) 兄は自分のオモチャを取られたことに怒り、力で取り返す
いくら自分のオモチャを無断で取られたからといって、暴力で解決しようとしてはいけません。きちんと言葉で「それは勝手に使われたくない」と伝えなくてはいけません。親は「妹ちゃんが勝手にお兄ちゃんのオモチャを取ったのはいけなかったね。だけど力で訴えるのはよくないよ。」と話してあげた方が良いでしょう。そうすれば、「自分の理不尽さを親はわかってくれた」という安心感も出るので、なおのこと「暴力はいけない」というのがすんなり入ってきやすくなるでしょう。
 
 (3) 親が「そのくらい貸してあげなさい」と兄を叱る
「そのくらい」なんて、兄にとっては大事な大事なオモチャなのに、人の価値観を軽視するなんて、親にされたら子どもはショックですよね。ただでさえオモチャを取られて理不尽な思いをしているのに、その上「そのくらい」なんて否定されちゃったら素直になれません。
 
先の大人世界の例の続きで考えてみたらわかりますね。「一言いってよ!」ってなったとき、もし親が「化粧品くらい勝手に使わせてあげなさいよ」なんて言ったら、どうでしょう? 貸すこと自体が嫌なわけじゃないんだ。でもこれはブランド限定のやっと買えた大事な大事な品でうんぬん。「たかが化粧品」なんて、なぜ親に価値を決めつけられなきゃいけなんだ!と思ってしまうかもしれませんね。趣味のものなんて、他人から見たらガラクタですよ。でもその価値は本人が決めることですから、周りがとやかく言うことは控えたいですね。たまに見かける「夫の趣味のものを妻が無断で処分してしまった」というのもヒントになるかもしれません。
 
 (4) 兄が「嫌だ」と主張する
自分の意思表示ができるのはとても良いことです。普通に考えればわかりますが、「貸して」の答えが「いいよ」とは限りません。それなのになぜか、幼い子どもの間には「いいよ」の一択しかないと主張する親がいるのは解せません。 「貸して」の答えが同じ「いいよ」だったとしてもバリエーションはあるし、「ごめんね」と断る場合だって存在します。
 
例えば大人が二人で台所に立っているとき、水道の取り合いになることがあります。一人が洗い物をしていてもう一方がちょっと手を軽く洗いたいとき、「ちょっと水道いい?」「あ、じゃあこれだけ洗わせて」とかありますよね。断る例で言えば、「ちょっとパソコン借りていい?」「ごめん、あと2分でネット通販の限定セールが始まるから終わったらにしてほしい」くらいのやりとりがありませんか。
 
確かにオモチャには大人の例に挙げたような明確で合理的な理由はないかもしれません。でも、所有者である兄が「嫌だ」と主張している以上、親は無理くり意思を変えさせるようなことはすべきではないでしょう。「問答無用で貸せ」なんて、独裁者のすることです。
 
 (5) 親が「なんで仲良く遊べないの」と兄を怒る
兄の立場にたってみたらわかります。自分のオモチャを妹に無断で横取りされた上、理解者は誰もいない。理不尽な思いをするのに仲良く遊べるわけありませんね。親が「なんで仲良く遊べないの」と聞くなら、「なんで公平に状況を判断できないの」と子どもは聞きたくなるでしょう。
 
 (6) 兄が妹を張り倒す
(2)と同じく、暴力はよくないですね。ただ情状酌量の余地はありそうです。親は「急にオモチャを取られて悔しかった気持ちはわかるけど、倒されたら痛いよね。それだけは一緒に妹に謝ろうか。」と提案してみたらどうでしょう。少しは兄も受け入れやすいのではないでしょうか。
 
 (7) 親が妹を擁護する
兄のオモチャを横取りした妹を擁護するのはいかがなものでしょうか。動画のなかでは兄のオモチャを奪った妹は褒められていました。動画用のネタだとしても、本気になっている子どもには、かわいそうすぎませんか。妹を擁護して褒めている場合ではありませんね。親は「お兄ちゃんに貸してって聞いてみようね」「それはお兄ちゃんのだから返そうか」と中立の立場を示すべきだと私は思います。兄が理不尽な思いをするだけでなく、妹の教育にもならないからです。人のものをいたずらして褒められたなんて、とても良い経験とは思えません。妹ちゃんが将来このビデオを見たら一体どんな風に思うでしょうか。
 
 (8) 最初に戻るを繰り返し、兄は次第にヒステリックになっていく
自分の主張が誰にも理解されない。理不尽な思いをしているのに公正な裁きを受けられない。これはヒステリーを起こしたくもなりますよね。虐待とまでは言いませんけど、とても見られたものではないと思ってしまいました。
 
全体を書き終えての考察
・家庭ってコワイ
外からは見えないけど、こんな理不尽なやりとりが毎日行われているわけです。まだ幼児だから、親もコントロール可能かもしれませんが、親は両者それぞれの立場にたって中立に客観的に見ることをしなければ、子どもが成長してからが心配ですね。家庭って閉鎖的な場所だから、何が起こっているかわからない。子どもに歪んだ教育を与えているかもしれないこわさ。
 
 ・親は、誰からも注意されることがない
 この例は動画サイトのものでしたから、コメント欄で親の間違いを指摘する声もありました。一方で、親を擁護するコメントもありました。どちらにせよ大事なのは、親が省みる姿勢を持っていることだと思っています。残念ながらこの動画を挙げた親御さんは、擁護コメントだけを受け入れていましたので、改善は見られなそうです。逆に、「私は大丈夫かしら?」と振り返ってみようと思えた人は、子どもと一緒に成長できる人だと確信しています。
 
・子どもも親と同じ一人の人
子どもだって大人と同じ人間なのに、なぜか大人は子どもの主張や感情は軽視しがちで、親は子どもに理想を押し付けてしまったりしますよね。その方が楽だから、というのもわからないではないですが、こういう小さな鬱憤の積み重ねが、親への不信感に繋がりかねません。せっかく親が一部始終を見ていたんだから、子どもの立場にたって考える癖をぜひつけたいものです。ホームビデオを撮るくらい愛情のある親だからこそ、もう1歩だけ子どもに歩み寄った対応をしていけると良いなと思います。
 

産後すぐに無理をしたら体にトラブルが起きやすくなる〜退院後体験談のうそとほんと〜

妊娠出産について調べるようになり、ネット上でさまざまな体験談を読んでいます。そんななか、産後の回復、退院後の過ごし方について気になったことがあったので、書いてみたいと思いました。
 
 
・ネットの体験談を鵜呑みにしちゃダメ
「産後、退院した足で上の子たちを保育園に迎えに行きました」
「退院後すぐに普段通りの生活でした」
「入院中も院内を歩いてたんだから安静にする必要ない」
など、まるで「産後安静にするのは甘え」と言わんばかりの書き込みを見かけることもあります。
 
しかしながら、医師監修のこちらの記事には、
「産後は骨盤底の筋肉がダメージを受けており、このときに無理をすると子宮や骨盤底の回復が遅くなり、更年期に差し掛かる頃になってから骨盤底全体がゆるんで尿漏れしやすくなったり、子宮が下がって膣から出てきり(骨盤臓器脱)などのトラブルが起こりやすくなる 」
と書かれています。
 
 
さらに、「産後 無理 影響」で検索すると
無理をしたために後悔をした方たちもたくさんいらっしゃることがわかります。
おそらく、「無理しても大丈夫だった」と言っている人のなかには、「今のところ大丈夫(だけどあとで問題が起こる可能性が高い人)」と「本当に大丈夫だった人」がいるはずです。ケースバイケースなので一概には言えませんが、少なくとも、きちんと休まないとのちに問題が起こるリスクが高まるのでしょうね。
 
 
・「産後無理をすると子宮脱になりやすい」は本当らしい
上に紹介した記事の典型的パターンとして、私の母は産後の無理が祟って、更年期に子宮が下がり、子宮脱になりました。病院で医師に診てもらった際、産後に無理しなかったかどうか確認され、気づいたようです。母は、きちんと休まなかったことを深く後悔したそうです。
 
 
・下の子を出産したあとは無理しがち
母は第3子を出産後、祖母(母の実母)にお世話になったので、2週間は安静にできていました。しかし、産後3週目から私と上の妹が新学期に入り通園通学のため、つい無理をしてしまったそうです。(普段通りに家事炊事全般こなしてしまったらしいです。)父は仕事で帰りが遅く、戦力になりませんでした。当時は少し疲れやすい程度だったそうですが、更年期になって体に障害が出てから、「あのときせめてあと1週間でも休めていれば」「産後は絶対に寝てなきゃダメ(赤ちゃんの世話以外)」と、当時のことを悔やみながら、無理しないようにと口酸っぱく言っています。
 
 
・医師や看護師、助産師さんのアドバイスをよく聞くこと
ネットの記事ばかりを信じてはダメです。この記事だって疑ってもらって良いくらいです(もちろん誠実に書いてますけどね。)普通分娩か帝王切開か、安産か難産か、その人の体力や傷の状態など、出産の数だけ違います。その状態を知っている専門家は、あなた自身のお医者様や看護師さん、助産師さんだけです。母でも義母でも、近所のおばちゃんでも、ネットの知らない人でもありません。人によって回復にかかる時間や体調の変化が違うことを理解し、きちんと専門家の言うことを聞きましょう。
 
 
・ベビーシッターや家事代行、ファミリーサポートを利用しよう
近くに頼れる人がいない方やご主人が仕事で遅いなど、さまざま事情で一人で乗り切る方もいらっしゃると思います。それでもなるべく横になる時間を増やすために、家事代行サービスなどを依頼しましょう。
また、他人が家にいると落ち着かないという場合は、お弁当の配達や通販などを利用して、炊事の時間や回数を減らしましょう。
 
 
・よく休んで早く回復するのが一番お得
産後一人で乗り切ろうとすると、普段より出費が増えるかもしれません。でも、ズルズル体調不良を引きずって何ヶ月も過ぎてしまうよりも(人によっては数年かかる場合もあるようですから)、短期間しっかり家事をサボって回復した方が、全体で見たらメリットが大きいはずです。
 
産後は無理せず、赤ちゃんのお世話以外の時間は、目をつぶって横になりましょう。
 
自分も忘れないように気をつけよう。