保育園の採用面接なのに「面接はスーツで」の謎〜TPOは自分で考えたい〜

保育士でベビーシッターをしています。

 

昔、採用面接のために保育園へお伺いするとき、採用エージェントから「服装はスーツで」と言われたことがありました。

 

保育園なのにスーツ?

 

私はこの考えがイマイチ受け入れられませんでしたので、当日は保育室に入っても違和感がなく、かつ、採用担当者と面接でお話をしてもだらしなくない、服装で行きました。

 

子育てママの外出着のような感じです。子どもと遊んで動きやすく、汚れても大丈夫。でも、きちんと見えするような格好。

 

髪はまとめて、指輪もはずして、手洗いとエプロンをしたら、もしかしたらそのまま保育にも入れそうな感じ。

 

もし、スーツで行ってたらどうだったのでしょう?

 

スーツは汚したくない、動きにくい、子どもから見たら黒くて見慣れない。現役の保育士さんたちとのギャップも激しく、圧迫感も違和感もあるのではないか。

 

何しろ子どもウケが良くなさそうだと思われます。

 

実際、どこの保育園でも、私のような見学者が保育室に入れば、子どもたちはワァーーッと寄ってきて、「ねえ誰?」「どこから来たの?」「見てみて、これかっこいいでしょ!」と話しかけてきます。

 

なつっこい子どもはすぐに抱きついてくるし、鼻水がたれている、よだれがたれている、というのはデフォルト。必ずと言ってよいほど、どこかが濡れているものです。

 

(そして、どこの保育園にもたいてい一人はいるのだが、男児はおっぱいを触って喜ぶ。笑)

 

とにかくあっという間に取り囲まれます。

 

これで、ワイシャツを着て、スーツで見学?

 

やっぱりわからない。

 

見学をしないつもりならスーツでも悪くはないかもしれませんが、職員用の制服がある園でない限り、私服の方が、それも含めて人柄が少しは伝わるのでは?などと思ってしまいました。(さすがにジャージまでは控えたいですけれどね。)

 

もし自分が園のトップだったら、「自分で考えて行動できる人材がほしい」と思うだろうなと想像します。

 

極端な例えですが、食事を与えてトイレ補助をするだけの機械的なことだけが得意な保育士さんも悪くはありませんが、これは子どもの将来にこういう意味を与えるのではないか、などと考えながら伝えられる保育士さんの方がいいなあと思うからです。

 

そういう意味でも「”面接はスーツ”と言われたから従いました」という、自分の考えを持たない選択は、保育園の面接には適切ではないと思ったのです。

(もちろん、私の考えとは真逆の考え方をする園もたくさんあるでしょうね。)

 

いまだに、保育園なのに「スーツで面接」縛りには疑問ですが、臨機応変にTPOを考えたいと思います。

 

ちなみに、すべての園で採用通知がきましたので、私の場合はスーツは不要だったようです。

 

 

 

〜うつ嫁の夫に聞いてみた〜うつ病の恋人と同棲ってできるの?不安は?何に注意してた?

私たち夫婦は、入籍前、私がうつ病真っ只中のときに、夫が私を実家から救い出してくれて、さっさと同棲へと進みました。つまり、うつ病彼女とそれを支える彼氏で同棲生活を送っていました。

 

うちの場合は同棲のきっかけがレアケかなと思いますが、同棲中の恋人がうつになったという人はいらっしゃるかと思います。

うつ病を支える側の気持ちや、同棲生活について、当時何を考えて生活していたのか、聞いてみました。

 

以下、統一して「夫」「嫁」と書きますが、「当時彼氏」「当時彼女」です。

 

ちなみに、生活費も引越し費用もすべて夫持ちでした。

 

嫁:そもそも、なんでうつ病とわかってる人と同棲しようなんて思ったの?

夫:そうじゃなきゃ、君が死ぬからでしょう。

嫁:え!

夫:君はあのまま実家に住んでても、良くならなかったでしょ? まずは環境を変えなければ、良くなるものもならないと思ったからね。いったん解放されて自由になって、きちんと休まなかったら、あなた死んでたでしょう。

嫁:ハイ、ソウデス。スミマセン、アリガトウゴザイマス。

 

嫁:同棲するのに不安はなかったの?

夫:うーん、自信があったわけじゃないけど、自分も一人暮らししたいなと思ってたところだったし、ちょうどいいタイミングだったんじゃない?

(嫁:この人、楽観的すぎませんか。)

 

夫:あーでも、一緒に住み始めたときは不安だったよ。

嫁:そうなの? 

夫:うん。俺が会社から帰って、玄関のドア開けるとき、もし死んでたらどうしようって思ってた。特に、玄関開けて電気がついてないときは恐怖だったね。

嫁:ごめん。

夫:死なれるのが一番困るからね。

嫁:そうだよね。今だから笑えるけどね。

 

嫁:生活してるとき気をつけてたことはあった?

夫:それはもう絶対に否定しないことよ。

嫁:確かにそうだったよね。私が「アイロンができてない、家事ができてない、ごめんなさい」って言うたびに、あなた「途中までやってあればいいよ。俺が一人暮らしだったら進んでなかったはずだから」とか、言ってたもんね。

夫:俺、かっこよかっただろう?笑

嫁:まあね。最近私が元気になっちゃったら、忘れちゃったみたいだけどね。笑

夫:へへ、そう?笑 そんなことないと思うけどなぁ。笑

 

嫁:負担だと思ったことも多かったんじゃない?

夫:いつまでこの生活が続くのかって思ったことはあったね。

嫁:波が激しいし、家事もできたりできなかったりだったもんね。

夫:そうね。やっぱり一人暮らしだったらこんなもんだと考えるようにしてたね。それでも、人が一人家にいるのに、1週間何も進まなかったときは、正直こたえたよ。

嫁:一人暮らしの自由さはないのに、家事だけ二人分やらされるんだもんね…。

夫:だからまあ、子どもを養ってるような気持ちかな? 間違ったら死んじゃうかもしれないし、頼ろうとは思わなかったね。

 

嫁:あなた、入籍するときは、相当荒れたよね。

夫:うん。

嫁:あれさ、もしかして、私が将来働けるのか、うつが再発したとき支えられるのか、本当に結婚して大丈夫か、って葛藤があったんじゃない?

夫:うん。全部当たり。いろいろ考えた。

嫁:やっぱり。あのときあなたが荒れてたから私もしんどかったんだけど。それこそ再発するかと思ったわ。笑

夫:うん。あのときは俺、ブレたなと思うよ。

嫁:でも今は平和に過ごせてるから良かったよね。

夫:そうだね。

(嫁:持ちつ持たれつってことにしちゃおう。)

 

赤ちゃんの沐浴は臨機応変に!〜新生児の沐浴方法と頻度を見極めるところから〜

 

まさか沐浴から親の力を試されているのでは?と思った話。

 

 

ある日、動画サイトのおすすめ動画に、"How to bathe a new born baby"(『新生児の沐浴の仕方』)が出てきた。

 

海外も日本と同じなのかな〜?って、なんとなく見てみた。

 

え、違う! 同じところもあるけど、違う!

 

アクセントから判断するに、おそらくアメリカ西海岸だと思うのですが、助産師さんが入れ方を丁寧に説明していました。

 

へその緒がとれた後から沐浴開始。

石鹸は使わないで。

濡らしたガーゼでよく拭いてあげて。

特にシワのところに汚れが溜まりやすいから注意して。

沐浴は週に2回まで。

 

「え?週に2回って、3日に1回? へその緒とれるまでお風呂入れないの?」

「これは! ジャパンではチガウ!って書き込もうか?」

 

なんて思いつつコメント欄を見ると、

 

「私の国では1日2回毎日沐浴しますよ。」

「うちの国では毎日石鹸で洗ってあげます。」

 

こんなふうに、各国からのコメントが大量にあって、

 

「そっか〜。気候か文化の違いか、なんでか知らんが違うんだな〜」

 

そんなことを思った数日後、別の人がアップした、"How to bathe a new born baby"(『新生児の沐浴の仕方』)がおすすめ動画に出てきている。

 

まさか、これも内容違うんじゃ?

 

そんなに見てどうすんだよ、と思いながらも、つい気になって見てしまった。

 

やっぱりこちらもベテランの助産師さんです。

 

イギリスかオーストラリアかどっちかだと思われます。

 

で、やっぱり違う!笑

 

赤ちゃん用のソープをお湯に入れて溶かす。

へその緒はとれていないまま。

沐浴頻度については言及されていなかった。

ソープが溶けたお湯の中で丁寧に洗って、

泡は流すけど、新しいお湯で洗い流すことなく終了。

 

そしてこちらのコメント欄は、

 

「へその緒がとれるまでは沐浴すべきじゃないって思ってたけど違うの?」

「ソープ入ってるお湯のままなのは汚くない?」

 

といった内容も書かれていました。

 

えーちょっと待って。

何が正解なの?

私の想像では、基本は1日1回で、ソープ使うし、新しいお湯で流すし、生まれてすぐお湯に入れてる、だったんですが?

(ドライケアという方法も、流さないで良いソープも知ってはいましたが)

 

そりゃ個人差はあるけど、

「へその緒がとれるまで沐浴しない」

なんて聞いたことがなかった。

 

それで調べてみたら、確かにアメリカでは、

「へその緒がとれるまで沐浴はせず、スポンジバスという方法で、拭いてあげるだけ」

という方法がとられているようだった。

(詳細省いてすみませんが、超ザックリ言うとこんな感じ。もちろん地域や個人差による。)

 

一人目はアメリカ、二人目は日本、で子育てをした方などは、どちらのやり方も経験していたり、フランスでは〜イギリスでは〜ときりがない。

 

同じ日本でも、うちの産院では〜と始まると、やはりきりがない。

 

「郷に入っては郷に従え」

 

とおっしゃる方もいて、なるほどその通りかもしれない。

 

 

そこまで調べてみて気づいたのは、

 

「子どもに合わない方法だったら変えればいい」

 

ということ。

 

洗いすぎて乾燥していたら、石鹸を使わずに濡らしたガーゼで拭くだけにしてもいいかもしれない。

あまりに皮脂がたまって落とせていなかったら石鹸を使ってみてもいいかもしれない。

 

赤ちゃんが沐浴好きなら毎日入れてあげたいし、

拭くだけの方がご機嫌なら、それでもいいかもしれない。

 

季節や体質にもよる。地域にもよる。

 

赤ちゃんの様子を見ながら、その子にとって何が合っているのか見極めたい。

きっと、兄弟でも違うんじゃなかろうか。

 

もちろん、異常が出たらすぐに専門家に相談する。

 

子育ては、反省改善の繰り返しと思っているけれど、

 

まさか沐浴から?

 

きっとそうなんでしょうね。

 

当然ながら、基本的には産院での指導に従うつもりですが、私はつい、「教えてもらったことこそ正しい!」「こうしなきゃ!」って思い込んで、狭い世界に勝手に縛られてしまうときがあるので、特別に薬や治療が必要な場合を除いて、「必ずしも正解はひとつではないんだ」「いろんな方法があるんだ」ってことだけは、覚えておこう。

 

という話でした。

 

 

 

 

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大人になったとき残るものから逆算して子育てする考え方

 

保育士でベビーシッターをしています。

 

たくさんの親子を見るなかで、「自分が子育てをする番になったらこんなふうに考えたいな」と思う考え方を書きたいと思います。

 

さっそくですが、まずはわかりやすい例から。

 

よくネットにもある子育ての悩み相談のなかに、

 

「うちの子はまだ寝返りしない」

「まだハイハイができない」

「まだつかまり立ちしない」

「まだ歩けない」

「オムツがとれない」

「まだ字が書けない」

 

こういった「まだ〜〜できない」のお悩みが多くあります。

 

逆に

 

「まだ◯ヶ月なのに、もう◯◯ができるようになった!」

 

と自慢される方もいます。

 

まだ子どものいない人から見ると、

 

「そんなの個人差じゃん。」

 

で片付けられるのですが、実際自分が親になったら、子どもにはこうなってほしいという期待や願望を持って子育てするでしょうから、どうしても他人と比較して焦ってしまうと思うんですね。

 

だけど逆算して考えてみましょう。

 

仮に、子どもが五体満足、特に大きな障害もなく成人式を迎えられたとき、

 

まだオムツしてますか?

まだ漢字書けませんか?

 

そう考えたとき、スピードはあまり重要ではないような気がします。

 

これは想像しやすいですね。

 

 

では次に、こういうのはどうですか。

 

「人との約束は守りなさい」

「時間は守りなさい」

 

なんだか正しい気がしますね。

 

私が親なら口うるさく守らせようとしてしまいそうです。

 

しかし、なかにはそうでない親御さんもいらっしゃいます。

 

彼らは、約束や時間を守らなくて良いと主張しているのではなく、

 

「それを守るその先にあるものはなにか」

「それを守る目的はなにか」

 

をよく理解しているのです。

 

どうして約束を守るのですか?

どうして時間を守るのですか?

 

それが正しいと社会で言われているからでしょうか。

信用できる人間だと思ってもらうためでしょうか。

 

社会のためではなく、自分のためなんですね。

 

こういう親御さんのお子さんは、実は自分から時間を守ろうとします。

 

それは、約束や時間を守る意味を、お子さんなりに理解しているからです。

 

決して、ママが守れっていうから、、じゃないんですね。

 

(もしかしたら親御さんよりお子さんの方が、時間に厳しいかもしれません!笑)

 

 

そして、こういった親御さんは、お子さんの気分の波も受け止めています。

 

大人だって、今日は仕事行きたくない。

今日は一人でいたい。

 

そういう気分の日もありますよね。

 

子どもも同じです。

 

今日は家で遊びたい。

今日は学童行きたくない。

 

足取りが軽い日もあれば、重い日もあります。

 

私が親なら、自分の子どもには、

 

「ワガママ言ってないで早く支度しなさい!」

 

ノロノロしてないでちゃんと歩きなさい!」

 

なんて注意してしまうかもしれません。

 

仕事していたらなおさら時間がなくて、余裕をなくしてしまうかも。

 

だけど、カッコイイ親御さんは違います。

 

子どもがタラタラ歩いていたせいで遅れても、

 

「その日によって歩いたり歩かなかったりするから、今日はそういう日だった」

 

と大きく受け止めているんですね。

 

そして笑っていられる余裕があって、カッコイイ。

 

そして子どもさんの方は、

 

「しなきゃいけないのはわかってたんだよな」

「遅れたのはちょっとまずかったな」

 

って、きちんとわかっている顔をしています。

 

毎日遅刻して良いとか、なんでもワガママで約束を破って良いとか、そんな極端なことを言っているのではないんですよ。

 

そうではなくて、

 

気分の波はありつつも、子どもなりに頑張ろうとした姿勢を評価しましょう

 

という話なんです。

 

こうやって親に認めてもらえた経験があると、他人への寛容さを身につけられる大人になるかもしれません。

 

 

「◯◯できなかった、よりも、頑張ってやろうとした」

 

結果より過程を見ているし、努力する目的や理由をわかっている。

 

 

子どもが成人を迎えたとき、その子に残してほしいものはなんでしょう。

 

オムツがとれた歳の早さでしょうか。

保育園の皆勤賞でしょうか。

ママに言われなくても自分で考えて努力する姿勢でしょうか。

人に信頼される力でしょうか。

 

 

このなかに正解はあるかもしれないし、ないかもしれません。

 

子育てに正解がない以上、答えは人それぞれ違います。

 

きっと私自身は、自分の子どもには言いすぎてしまうことがあるだろうし、忙しくて疲れて余裕がなくなることもあると思います。というかほぼ確実にそうなるでしょう。

 

だけどちょっと冷静になって、「どうして私はこれを口うるさく子どもに言ってるんだっけ?」と振り返れた瞬間、この記事のことを思い出して、ちょっとでも笑っていられる余裕ができたらいいなと思います。

 

ああ、自分の子にはキツくなってしまいそうでコワイ。。

人情と危機管理〜熊田曜子さんの児童館騒動について保育士の私が思ったこと〜

 

はじめに断っておきますが、この記事は熊田さんを擁護も批判もしません。なぜなら、彼女が児童館での出来事を公にした目的を、私には知りようがないからです。単純に日記として書いただけなのか、これから利用する人への注意喚起なのか、改善要望なのか、または有名人ゆえに炎上商法などと言われれば、私には判断のしようがないわけです。さらに、時間をかけてじっくり調べたわけでもありませんから、私の思い込みと憶測も存分に含んでおります。それでは書いていきます。
 
 
私がこの騒動について知ったときの、最初の感覚は、「低月齢の子どもを抱っこしてても入れないのかー。」でした。あくまで感覚ですよ。感覚としては、「2人遊ばせて1人抱っこなら、2人ってことでいいんじゃない?」と思ったんです。
 
しかし、もう少し冷静になって考えてみると、やっぱり児童館の職員さんの対応は完璧だったと思いました。
 
安全上の理由から、というのが最大の理由ですが、おそらく保険の適用なども考慮されての規則なのではないかと思っています。
 
私は保育士で、ベビーシッターとしても働いておりますが、室内で1対1で子どもと遊んでいても、ヒヤッとすることは数え切れないほどあります。
 
急に逆立ちし始めたり、後ろ向きにダッシュし始めたり、高速回転を始めたり。大人では考えられない謎の動きを不意打ちでしてくれます。そしてよく転ぶんですね。いくら保険に入っていても、こわくてこわくてたまりません。
 
これが、児童館だったらどうでしょうか。ある一定の広さに対して、利用者の数を制限していたということは、少しでも接触による事故を避けようと配慮されていたのではないかとも考えられます。
 
また先ほども言及した通り、保険の適用も考慮されていたのだとすれば、ある程度児童館側が責任を持つ形だったのではないでしょうか。
 
ベビーシッターをしていても、この保険の適用についてはやはり、子どもの安全に関わってくる部分ですから、非常に厳しいです。
 
例えば、あるシッターさんが、3歳の子どもの面倒を見るよう依頼されたとします。ところが、実際に行ってみると1歳の兄弟児がいて、3歳と1歳の二人をお願いされた。こういう場合、保険は3歳の子どもにしか適用されません。1歳の子どもが3歳の子に突き飛ばされて頭を打って怪我をしても、自己責任にしかならないのです。
 
どうでしょうか。困っている親御さんが目の前にいたら、「やっぱり下の子も一緒にお願い。」って言われると、気持ちとしては「もちろんです。」って言いたくなります。だけどそれは無責任とも言えるわけです。
 
この児童館ではもしかしたら、「3人連れていて、1人が怪我をしても、残りの怪我をしなかった2人までしか保険適用になりません」ということにもなりかねない。そういう事情があったのかもしれません。
 
そして、気づきました。最初の感覚でこそ、「そこは2人ってカウントしてあげても」なんて、人情では思いましたが、自分の仕事で置き換えてみたら「あ、人情では子どもの安全に責任を持てないわ。」と、考えを改めることになりました。
(保育の仕事してるのに気づかないって、ずいぶん平和ボケしてるな。)
 
きっと児童館の職員さんも、気持ちの上では「1人は抱っこしているなら使っていいですよ。」って言いたいだろうと思います。でも、ここで例外を出すわけにもいかないし、きちんと理由がある規則ですから、危機管理上NOと言うしかなかったんでしょうね。誰も得しない規則のための規則なら批判の的にもなるかもしれないですけど、この場合はそうではありませんから。
 
それから、この規則があることと、3人以上の子育てを拒否されたというのとは、また別の議論になってきます。
 
今回は、「この施設が子どもの安全に配慮した結果、2人まで」という規則になったわけですから、それはもう覆せません。覆しちゃダメです。
 
しかし、これが知られたことによって、「3人以上の子どもがいる家庭でも利用できる施設になってほしい」という要望は、それはそれで出てきて当然だと思います。
 
今後、今回の話題がきっかけで、より安全で、より利用者の幅を広げた施設が増えることを期待します。
 

「どうやって英語が流暢に話せるようになったの?」に答えます!

正直、私の英語は日本語なまりが残っています。大人になってから始めた人の大半と同じですね。でも、ネイティブと話していて特にこれといって問題はありません。スカイプでも対面でも現地でも、ちゃんと通じるし、聞き取れるし、スラスラ会話できています。そうするとよく友達から、「英語どうやって勉強したの?」って聞かれます。

 

今日は特に、「どうやったらスラスラ言いたいことが出てくるようになるか」に焦点をあてて記事を書きたいと思います。

 

結論から言うと、「自分が話したいことだけ準備しておく」です。その準備方法は、スピードライティング! 英語だとJournaling と呼ばれている方法に近いのかな? やり方はとてもシンプルです。

 

すぐできるので、この記事を読みながらぜひ一緒にお試ししてみてください。

 

スピードライティングのやり方

1. まず、紙とペンを用意します。

ノートでもチラシの裏でもいいです。お気軽に。

 

2. 次に、トピックを決めて、一番上に書きます。

例えば、トピックを「家族」にしたとしましょう。そうしたら、紙の一番上に "My Family" と書きます。

 

3. そして、タイマーをセットします。

10〜15分くらいがいいかと思います。

 

4. よーい、スタート!

制限時間内で、書けるだけ書きまくります。はじめは文法とかスペルミスはあまり気にせずに、思いついたままとにかく書きなぐる勢いで、スピード勝負!

 

5. はい、時間がきたら終わりにします。

自分で読み直して間違っているところ、こう書きたかったんだけど書けなかったところ、いろいろ反省があると思います。自分でわかる間違いはまず直し、知らなかった表現は例文を調べながら書き込みます。色ペンで直しても良いし、隣のページに書き直しても良いです。自分が見やすいようにしてください。

 

6. 可能な限りネイティブに添削してもらって、正しい表現を音読して暗記してしまいましょう。

日本語でも同じく、いつもしてる話って、スラスラ話せますよね。それと同じ感覚で覚えてしまいましょう。

 

私はこれを、週1回約4ヶ月続けました。

(そして最近また英語熱が上がってきて表現を磨きたいので、始めるつもりです!)

 

このライティングのメリットは、

1)自分が話したいことを話す準備をしておける。

「言いたいことがあるのに言えない」「聞かれたけど答えられなかった」が減るので、そのトピックがきたときは、自信を持って答えられます。そしてまたやる気につながります。

 

2)スピードの成長が目に見えてわかりやすい。

例えば、週1回4ヶ月続けたら、約16回分蓄積されます。1、2回目と15、16回目を比べれば、その分量は明らかに違います。それだけ早く書けるようになったということは、それだけ英語がスラスラ出てくるようになってきたという証拠です。どうでしょう、数ヶ月後の自分にワクワクしてきませんか?

 

3)英語の精度も上がってくる

スピードの成長と同じく、いつもしてしまう自分のクセが修正されていきます。例えば、最初の方は、He like dog. とか書いていても、自然に、He likes dogs. のように、三単のs が抜けなくなってきたとか、単数形と複数形を間違えにくくなったとか、そういう上達が目に見えます。会話だと、こういうのは間違えても別に、サラッと流されてしまうので、自分ではなかなか気付きにくいですが、書いて残ると気づくことができます。しかも、だんだん長い文もササッと書けるようになってきて、楽しくなります。

 

もちろん、話すときにはある程度の発音やイントネーションの習得など練習が必要ですが、「スラスラ出てくること」を目的とするなら、このスピードライティングがオススメです! 楽しいですよ!

 

何を書いたら良いかわからない方は、普通に初対面の方にお会いしたとき、どんな話をするか考えてみてください。天気の話以外で、「どちらからいらしたんですか?」「ご趣味は?」「ご家族は?」って、なんだかお見合いみたいに聞こえるかもしれませんが、「英語だ!」ってパニクる前に、普通に人間とお話しすることを前提に、話したいことを考えてみましょう。

 

出身地、家族、ペット、趣味、友達、部活、スポーツ、食事・外食、旅行、ドラマ、音楽・楽器、本・漫画、たくさんありますね。まあまあ書き尽くしたかなと思ったら、なんでも話せる親しい友人ができたとき向けに、もっとディープな話をしてもOKです。必ず笑ってもらえる鉄板ネタを用意しておいてもいいですしね。(主婦のみなさんは、旦那のノロケ話や愚痴でもどうですか!笑)

 

一応、ここでトピックを決めるときに気をつけたいのが、広げすぎないことです。例えば、私がスポーツを選んだとすると、スポーツのなかでもどの競技なのか選んだ方が良いです。そうでないと、昔あのスポーツやってた、何年やった、今はこれが好き、って15分では表面的なことしか書けなくなってしまうからです。

 

それならば、スノーボードって具体的なお題を決めて、いつから、どんなきっかけで始めて、どのくらいの頻度でやって、っていう感じに、より具体的に自分を表現できることを書く方がいいですね。好きなスポーツが複数あれば、何回かに分けても良いです。スノボをトピックに挙げて、"One of my favorite sports is snowboarding." とかいう書き出しなんてどうですか。

 

添削してくれる人がいない、ライティングで準備したネタがネイティブに話して通じるかどうかわからない、という方は、インターネットをフルに活用して見つけましょう。

後日、便利なサイトや格安のスピーキングレッスンの探し方もご紹介する予定です。

 

 

「兄弟仲良くしなさい」と言う親の子どもほど仲良くならない謎〜仲良い兄弟の親は「仲良くしなさい」と言わない〜

幼い子どもに対して「仲良く遊びなさい」と言ったり、子どもが成長して中高生、または大人になってからも「兄弟仲良くしなさい」と言っている親御さん、けっこう見かけます。うちの両親もまた然り。
 
だけどこれ、「東大生の親は子どもに勉強しろと言わない」というのと似ていて、仲が良い兄弟の親は「仲良くしなさい」と言っていないだろうなと思っています。私の主人実家や、友人実家がこの典型で、「親に兄弟仲良くしろなんて言われたことないよ。でも仲良いよ。」って、兄弟姉妹の尊敬しているポイントを、聞かなくても自然にサラサラ話してくれます。羨ましい!
 
・なぜ親は「兄弟仲良く」と言うのか
例えば子どもの幼少期、年の近い兄弟を一緒に遊ばせて、親はその間に家事を済ませたい。ところが、子どもから目を離すと下の子が上の子に殴られて泣いている。もしくは上の子は下の子にオモチャを壊されて騒いでいる。
「静かにしなさい! なんで仲良く遊べないの!」
ありそうな光景です。
 
ここで親が主張したいのは、「兄弟仲良く遊んでほしい」というのは表面的な主張で、本当のところは「兄弟で遊んでいてもらうことで、自分は家事をしたい」ではないかと思います。親のエゴで兄弟で遊んでいてほしいと思うなら、それは修正するか、改善策を考える方が良いでしょう。
 
・「仲良く遊べるはず」という誤解
もうひとつ、幼少期の子どもにおける親の誤解が隠れています。子どもが仲良く遊べるようになるには、いくつか段階を踏まなければなりません。子どもはすぐにお友達や兄弟と遊べるわけではありません。はじめは同じ場所で同じことをして遊んでいるように見えても、実は一緒に遊んでいなかったり、自分のものとそうじゃないものの区別がついていなかったり、ルールがわかっていなかったり。
 
 例えば2歳と5歳が一緒に遊ぶのは、お互いが相応に成長していても難しいし、上の子がよほど面倒見が良いとか、下の子が上の子に夢中で従うようなことがなければ成立しないのです。それを「上の子が下の子を見てくれるはず」とか「年が近いから仲良く遊べる」など親の理想と思い込みで、子どもに負担を強いてしまうのはもったいないです。別々に遊ばせるか、親がそれぞれの遊びをどちらかが邪魔しないよう見るか、邪魔してしまったら子どもの代わりに声をかける、親が間に入るなどの工夫をしなければなりません。年齢区分を設けていない保育園や幼稚園でも、それぞれの成長に合わせて先生が上手に間に入っています。家庭でも同じことですね。
(子どもの遊びや社交性については別記事で改めて書きたいと思います。)
 
・なぜこのようにして育った兄弟は仲良くならないのか
端的にいうと、理不尽な思いをしてきたから。
もう少し細かく言うと、兄弟が絡むと親からグチグチ理不尽なことを言われて小さな不満、鬱憤が溜まっている状態で、そういう記憶が重なって、関わるのが面倒になってしまうから。まともに話し合えないから嫌いになっていってしまうから。そして親は、子どもが成長してからも似たような過ちを犯し続け、改善のないままつながりの希薄な家庭を作ってしまうんだと思います。そして「兄弟仲良く」「家族だから」という言葉だけが空しく響くのですね。
 
例えばうちの場合は、3姉妹のうち真ん中の子が、特に甘やかされました。ケンカをしても事情は関係なし。問答無用で真ん中の子に親が肩入れする。そうするうちに、私は「いつも自分だけ悪者にされる」と不満がたまり、一方でその子だけどんどんわがままになっていく。それでも親には「お前が我慢しろ」しか言われない。面倒だ、距離置こう…と。みんな社会人になり、手がつけられないほどになってしまってから、しつけようとしても難しいものがあります。
 
・兄弟に仲良くして欲しかったら親はどうすれば良いのか
親の理想を子どもに押し付けない。
子どもの立場にたって考える癖をつける。
中立で客観的な立場で間に入り、子どもの言葉を代弁する。
成長してきたら、なるべく本人同士で解決させる。
 
以上がいま、私が考えうる「兄弟仲良くさせる方法」です。
タイトルにある『仲良い兄弟の親は「仲良くしなさい」と言わない』というのは、『仲良い兄弟の親は「兄弟に仲良くしてもらうために自分に何ができるか考え、行動している』と言い換えられると思います。兄弟といえど性格はそれぞれでしょうからね。親もよく子どもを観察して一緒に成長したいものです。 
 
兄弟児、育ててみたいなあ。